ふたりの場所 -06- 宣言通り、散々焦らされた。 後一歩まで追い上げては、するりと手放される。けれど冷却期間は与えられない。離した手で胸や脇腹や獄寺も知らない弱いところをひとつひとつ教えられて、かと思えばまた一番弱いところを追い上げられる。 おかげで、伝い落ちたもので後のほうまでべちゃべちゃだ。 濡れている感じが気持ち悪くて、なのに、ときどき具合を確かめるように掠められるとそれだけでどうしようもない、泣きそうな気分になるから手に終えなかった。 「っ、は…あ。じゅ…だい、め。も…オレ……」 どうせまた寸前で止められるのだろうと思いながら、何度目か分からない懇願をする。次はどこをくすぐられるのか。 想像して、期待している自分を思い知らされる。頭の中はぐちゃぐちゃだ。 だから、綱吉の次の言葉に獄寺は耳を疑った。 「うん、ま、これだけあれば十分かな。」 大きな手が獄寺を包んで、解放に導いてくれる。 「ア! あっ、ふ、ぁ、あっ……!」 『いっていいよ』 待ち焦がれた甘いささやきより早く、獄寺は手の中に熱を吐き出した。 「よく頑張ったね、獄寺君。おつかれさま。」 上から覗き込むようにして、綱吉が額のてっぺんにキスをする。 「……もう疲れた?」 獄寺は首を横に振る。 頑固だ。 頑固で意地っ張りで見栄っ張りで強がりで、死ぬほどかわいい。 ……疲れたなんて言われても、止まれなかったかもしれない。 「じゃあ、休憩は要らないね。」 綱吉は濡れた窄まりに手を伸ばした。 この身体は抵抗するということを忘れたらしい。そうでなければ、受け入れることを覚え込まされた。 閉じているはずの場所に、ぷつん、と綱吉の指先が潜り込む。 「あ……、」 異物感はあるけれど、それ以上のものは無い。先ほど嫌と言うほど吹き込まれた気怠い熱が頭を占領していて、それに比べれば、ただ、捩じ込まれたな、という感じ。 「そのまま、力抜いててね。」 ズ、と何かが身体に潜り込んでくる。 「っ! ん、あ…じゅ、う…ぁ、アア!」 内部を熱く擦られる感覚がして、止まった。 身体の中に何かいて、じんじんと身体を火照らせる。 「これで、指全部。さっき舐めたから大きさは分かるよね。 きつい? 獄寺君。」 頷く。それだけで異物感が、身体を震わせる。綱吉は満足そうに笑った。 「だから、馴らすよ。この辺、力入れてみて。」 綱吉は獄寺の臍の下あたりに手をあてがった。休む間もない。 「指を絞めるの。できる?」 獄寺は弱くかぶりを振った。 「…中、きつく、て……」 「できるよ。獄寺君なら。」 宥めるように頭頂に口付けられる。 「ちょっとだけ、力入れてごらん。」 言われるまま、獄寺は深く息を吐くと 挿し込まれている感覚が、まるで自分が飲み込んでいるような感覚に取って代わる。目眩にも似た、酩酊感。 「……は、ア……」 「そう。上手だね。そしたらそのまま、ちょっと我慢してて。」 頷くより早く。綱吉はきつく締め付けた部分から、ずるりと指を引き抜いた。節くれ立った部分が容赦なく内壁を刺激する。 「ア、うっ……ああっ」 強烈な感覚に目の前が白くなる。中が驚いて勝手に収縮する。チュプン、と指が抜けた。一番狭い入り口を通るときには、みっともないほど身体が震えた。 「は、あ……。い、まの、」 何? と、問い返す時間もない。 「もう一回ね。」 歌うように綱吉は言って、ひくつく入り口にまた指をあてがう。 「待っ…て、まだ」 「待たない。」 「や、あ、ああっ」 びくんびくん動悸している中を縫って、また指が差し込まれる。うねる流れに乗るように、さっきよりは幾分スムーズだった。 「ほらまた、きゅってしてごらん。」 言われると、抗えない。 びくんびくん、締め付けては離してるのを、意識して束ね上げる。自分をぴったり指に絡めつけて、ああ、そこにいるという言い知れない幸福感。これをまた引き抜かれるのかと瞳を窺う。 当然、というように綱吉がにっこり笑った。 声はまた抑えられなかった。 隘路を指が行き交う。その度に獄寺の鼓動は速くなる。 指を増やされて内側から押し拡げられた後には、獄寺の身体はその場所だけでなく、全身がくったりと力を失っていた。後ろから綱吉に抱きとめられ、熱い吐息を漏らすばかりだ。 かちゃりと軽い金属音がした。獄寺はふらつく頭でなんとなしに音のほうを向く。 「……そんな見るなよ。」 綱吉がどこか照れ臭そうにこぼす。寛げられた衣服から姿を現したそれは、くらがりに慣れた目にもシルエットしか分からなかったけれど、自分のものとはまるで違っているように思えた。 「オレは……見たい、です。」 見る、どころか。 獄寺はぼんやりとそれに手を伸ばす。熱くて硬い幹。ゆるゆると扱き上げると手の中で質量が増すようで、自然に吐息が洩れた。 反対に、綱吉は小さく息を飲む。 「あのさ、獄寺君。手でしてくれるのも…嬉しいんだけど、」 獄寺を制して再び正面を向かせる。綱吉はその脚を掴んだ。太腿を下から持ち上げるように両足を左右に割り、膝が胸につくほどまで抱え込ませる。 「オレは、こっちのほうがいいな。」 ぐいと膝裏を強く掴まれて、腰が宙に浮く感覚がした。耳元で囁かれた言葉に小さく頷く。散々馴らして作り替えられてしまった場所が、言葉より雄弁にひくついた気がした。 そこに、まだ知らない先端を押し当てられる。ゆっくりと身体を降ろされると、それは確かに体内に侵入してきた。 「…は、あ……」 緩めたはずの場所をいっぱいに押し拡げられる。そこを埋め尽くしてじりじりと這い上がってくる熱。ほんの一カ所を譲り渡しただけなのに、体中がそれでいっぱいになる。 「あ、ん……っ」 気持ちいい。 つい、そんな言葉が漏れた。 じゅうだいめ。 呼びかけるとうんと返事があった。 じゅうだいめ、じゅうだいめ、 言葉を忘れたみたいにそれだけ繰り返して、何度も頷かれる。そこにいることを確かめる。 ゆっくり身体を持ち上げられると抜け落ちていく感覚が切なくて、身体は勝手にきゅうきゅう締め付けた。最初に教えられた通りに。 すっかり抜けきるほどまで抱えあげられると、空白に泣きたくなる。 首の後ろに噛み付かれた。鈍い痛みより、そこにいるという安心感に身体が緩む。導かれるまま、自分の重みを利用するように身体はまた飲み込んでいく。 「あっ、く…は……、ア!」 上下動は徐々に速度を増す。体内を穿つものは徐々に質量を増していくようで、摩擦の熱に神経が燻りだす。 「っく、ン…う……」 息を押しとどめて埋め込まれたものと感触を味わう。ズクンズクンと響いて、響いているのが自分の体なのか相手のものなのかわからない。繋がってる、シンクロしてる。呼吸が速くなる。自分のものも、背後の低い吐息も。 は、と重い声が苦しそうで、押さえきれない欲を孕んでいて、それを感じたら、たらりと何度目かの雫が溢れた。まるで落下するように深くまで穿たれる。 「あっ…ふ、じゅぅだ、あ、アア!」 目の前が白く爆ぜて、獄寺は達したのだと知った。 まだ完全には吐き出しきれていない、上向いたままびくんと震える幹を、垂れた苦い蜜が伝う。敏感になった肌にはそれすら好くて、でも足りなくて、獄寺は自分の指でそれを追いかけた。何度目かで色も粘度も薄くなったそれは、獄寺のものをたらり根元まで滑りおち、繋がったままの綱吉に伝う。 追いかけて、獄寺は気付いた。 「じゅう、だいめ? まだ…途中まで、しか……」 指先に触れたのではなく下生えではなく、未だ硬い幹の部分だった。浮き出した血管が、指の下で脈動している。 身体の中はいっぱいだから、全部飲み込んだものと思っていた。 そう思ったら嬉しくて悲しくてどうしようもなくて、同じ快感を捧げたくて、獄寺は綱吉の埋まりきっていない部分を愛撫した。 く、と、綱吉が苦しげな息を吐く。快感を、押し込めている音だ。 「い、いいよ。獄寺君、オレのことは」 良くない。 オレの望みは10代目の望みを叶えること。 それになにより、10代目に気遣われてしまったことが不甲斐無くて 獄寺は息を殺すと、自ら深く身体を沈めようとした。 「っく、は、あ…ウ……ッ」 狭い入り口が限界を訴える。中も、既に最奥に届いているようで、苦しい。それでも懸命に身体を進めようとする。 「ッア…ア……ッ!」 背後で、ごくんと綱吉がつばを飲んだ。 「っ、獄寺君、だから。だめ…だったら。」 「んっ…く。嫌…ですオレも、」 身体を支える手を振り払った。 「あ、う、ああ……!」 短い落下感。内壁を割くような激しい摩擦に神経が灼き切れる。止まった、と気を緩められたのは一瞬で、すぐさま自ら飲み干したものに身体を埋め尽くされる。心臓ががなり立て、肺は押しつぶされたようで息も出来ない。けれど、 「……、ぜんぶ、入った……」 何よりも獄寺の身体を満たしたのは、いい知れない充足感だった。 うっとりとその名を呼ぶ。 『じゅうだいめ』 いつもそうやって、信じられないぐらい幸福そうにオレの名を呼ぶんだ。 苦しくないはず無いのに、今、自分は世界で一番幸せだと言うように。 最初っから変わらない。全身でオレが好きだって言ってくれる。 苦しいよ。もう一度好きだって言ってよ。君がオレのこと、嫌いになれるはず無いだろ。少なくともオレは…… 「はやと、」 ずっと我慢していた言葉が唇からこぼれた。 堰を切ったら止まらなかった。 力任せに腰を掴んで、そのままベッドに俯せに押し倒す。衝撃に幼い身体が息を飲んだけれど、止められない。ぐいと腰を推し進めて、覆い被さって、その名を呼ぶ。 はやと。はやと、隼人、隼人 うわごとのように繰り返して、腰を振る。 ぐちゅぐちゅと淫らな水音。二つの吐息が混じり合う。 ギシギシと力任せに身体を揺さぶられながら、背後に獣じみた吐息を聞きながら、獄寺はどこか他人事のように理解した。 なんだ。やっぱこの人には、好きで好きで仕方が無い人がいるんだ。……オレみたいに。 それが、ひどく嬉しかった。 自分は身代わりだ。笑顔も優しい目も、全部オレのためじゃなかった。最初から、この人はオレの向こうに誰かを見てた。そして、その誰かはやっぱりオレなんだ。 それが、どうしようもなく嬉しかった。 「あ…っく、う…あ、ア、ア!」 無茶苦茶に揺さぶられて、嬌声が止められない。好いのかどうかもわからない。猛り狂った熱量が身体を支配している。抗えない。抗う気も起こらない。このままぐちゃぐちゃにされたい。倒錯した思考に、背後の男の切羽詰まった声が拍車をかける。 「っ、隼人、出すよ。」 シーツに上体を押し付けたまま、戦慄く身体で獄寺は首肯した。次の瞬間、熱い飛沫が体内を貫いた。 「ごめんちょっと……タガが外れた。」 照れ臭そうに申し訳なさそうにしょぼくれた綱吉の姿は、獄寺の知るツナよりよほど頼りなく見えた。 「カラダ、平気?」 熱がひく気配はみじんもなかったけれど、 「頑丈なのが、取り柄っすから。」 獄寺はそう答えた。 「……ん、そーだったね。」 綱吉は、というと、きまり悪そうに笑う。 「あの、10代目?」 下から覗き込むと、何? と、問い返された。 「オレ、証拠見せてって言ったんスよ?」 『この程度なんすか?』 瞳に映る挑発に、やっぱり呆れたように綱吉は笑う。 ほんと、敵わないよなあ。 「メッキも剥げちゃったし、どうなっても知らないよ?」 どうなるか知りたいんです。 明るいブラウンの瞳に自分が映っている。そして、獄寺の言葉を聞いて、綱吉は悪戯そうに子供っぽく目を細めた。 「そう、じゃあ、改めて約束通り。どれだけ好きか証拠を見せてあげる。」 後はもう、無条件に愛された。 文字通り頭のてっぺんからつま先まで。 こんなにされて、歩けないと懇願したら抱え上げてバスルームまで連れて行かれた。身体を清められて 夢うつつにおやすみを聞いた。それからありがとうと、記憶違いでなければ、またね、を。 目を覚ますと彼はもういなかった。影も形も。ただ右手に、貸したはずのクロスのペンダントが絡み付いていた。 夢だったのかという気もする。 ペンダントはベッドサイドにおいておいたものだ。偶然落ちたのかも…… 思考がまとまらない。身体が心地好く疲労していて、カーテン越しの光は昼だと訴えているのに、目蓋は問答無用に落ちてこようとする。獄寺は毛布をたぐり寄せて引き被った。うつぶせると柔らかなシーツが口元に触れて、それでふと思い出した。 やっぱり夢かもしれない。 死ぬほど格好いいのに、そんな格好のいいことだけは出来そうにない人なんだ。今も、何年経っても。 白い毛布越しに穏やかな光が降ってくる。温いまどろみの中でくすくすと獄寺は笑った。 ともかく、もう一眠りしよう。 もう一眠りして、次に目が覚めたら、10代目に会いに行こう。 あの日の返事をするために。 たとえ何があろうとも、オレの帰る場所はたった一つ。 病める時も健やかなる時も、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、 あなたとともにあらんことを。 二人が想いを分かつまで。 おしまい。 .09.09.26 Backindex |