おひるどき☆でんじゃーず



「ぅあ。」

隣で昼飯を食べていたツナが変な声を出して手を止めた。
箸を置いて弁当箱を置いて、立ち上がる。

「どーした? ツナ。」
「なんか、いやな予感がする。」

屋上には、山本とツナの2人きり。獄寺は厳正なじゃんけんの結果、自販機まで飲み物を買い出しに行っている。本当は、3人でじゃんけんしてツナが一番に負けたんだけど、その後獄寺が謎の敗者復活戦を言い出して、厳正なる山本vs獄寺の三回勝負の結果、獄寺が買い出し役になったのだ。
9月も半ばだというのに、今日は思い出したような夏日だ。自販機前は生徒でごった返しているだろう。だからこそ、じゃんけんになった訳だけれど。

そそくさとツナは弁当を床に置いて立ち上がる。小走りに屋上を突っ切って、反対側のフェンスに手をかける。そのまま真下の中庭を覗きこむ。

「あー、やっぱり……もう!なにやってんだよ、獄寺君!!」

ええ?

山本は思わず耳を疑う。
ツナの後を追って、中庭を見る。と、確かに、獄寺がいた。

「じっ、じゅーだいめ!?」

獄寺も屋上から声をかけられるとは思っていなかったようで、こちらを見上げて驚いている。
獄寺がいるのは中庭の、自販機コーナーの前。人だかりが、獄寺の前だけモーゼの大海のように二つに割れている。

「あの、ちがいます! これはオレが近づいたら勝手に順番譲られたんで、オレが脅した訳じゃあ……」
「って、それ、おんなじことだろ!? ちゃんと並ばなきゃ、」

この会話、一階中庭と三階建ての校舎の屋上間。
当然、人目が集まってくる。
ツナの顔が急に赤くなった。

「ならば、なきゃ、だめだと、おもうんですけどえっと」

ごにょごにょ、と、さっきの勢いはどっかに消えてしまった。
フェンスに掛けた手に顔を埋めて、ツナは消えてしまいたそうに小さくなる。
耳までまっかだ。

「おーい、ごくでらー!」

代わって山本は声を張り上げた。

「罰ゲームなんだから、ちゃんと並ばなきゃ意味ねーじゃん。ほら、さがるさがる。最後尾はあっちな。」

大きく腕を動かして、行列の端を指し示す。

「そーゆーわけだから、どーぞお気遣いなく。みんな、ありがとな。」

ついでに、地上の観衆に笑顔で手を振る。一部、きゃあと言いながら手を振り返している女子がいて、ぞろぞろと人垣の亀裂が塞がっていく。そのぞろぞろの最後尾に獄寺がついた。前後の男子生徒数人はちょっとびくびくしているけれど、獄寺自身は大人しく山本を睨み返している。問題なさそうだ。
行列が元通りになって、屋上を注視する生徒もいなくなったのを見届けて、山本も中庭から目を離した。
隣を見ると、ツナは、フェンスに背を向けて体育座りして小さくなっていた。

「ツナすげーな。なんでこの距離でわかったの? 獄寺だって。」
「いやオレも、できれば、わかりたくなかったんだけど。」

まだちょっと赤い頬を押さえて、ツナは深い溜息を吐いた。

「なんか最近、わかるようになっちゃったんだよなぁ。」

このへんをさあ、とツナは自分の頭の斜め上を指差して、くるくると円を描く。

「なんか、ちっちゃい獄寺君が、走り回ってて、『あ、今頃あの辺だから、もしかしたら……』って。」
「へー。」

それはおもしろそうだ。と山本は思った。

「あーもー、つい。声出ちゃうんだよなあ。今までは止められたのに。」
「止めてたの?」
「止めてたよ。恥ずかしいじゃん。」
「そうかぁ?」

フェンスごしに中庭を見下ろす。もう誰も、屋上なんて見ていない。
いや、だれも、は間違いか。獄寺がこっちを見ている。
睨まれたので笑い返してみたら、獄寺の眉はますますつり上がった。ついでに、獄寺の隣の隣の女子は顔を赤くした。
しまった、あの子こっち見てたのか。気付いてなかった。悪いことしちまったかな?
埋め合わせに手なんて振ってみる。
まあ、大丈夫か。あの子は喜んでるみたいだし。

「別に、恥ずかしくはねーけどなぁ。」
「山本だからだよ、そんなの。」

あーもー。と、ツナはまた深い溜息を吐いた。

「筋肉痛も治ったし、これで全部終わりだと思ったのになぁ。」
「筋肉痛?」
「ああ。骸と……、じゃなくて、このあいだのマフィアごっこ。あれから、なんか変なんだ、オレ。やんなっちゃうよ。」
「ふーん。」

まだ座り込んでうなだれているツナに、山本はのしゃっと背中から覆いかぶさった。

「う、わ!何?」
「どーっこも変わってないと思うぜ、オレは、ツナは。」

そのまま、ツナの腋の下に腕を入れて持ち上げる。

「背、も、あんま伸びてねーしなー。ツナほんとちっちぇーのな。」
「ちょ、山本! 降ろしてよ!」
「ちっちぇーし、軽いよなー。ははっ、部活の1年より軽いぜ、きっと。」
「山本ぉ、降ろしてってば!」

ツナの足は完全に宙に浮いていた。着地しようとぱたぱた藻掻いているけれど、上履きのつま先さえ地面に届かない。

「つか、いちおーオレだって背は伸びてんだよ。山本も伸びてるからわかんないだけで!」
「そか。じゃーオレたち、おんなじ速さで伸びてんだな、きっと。」
「いっ、いーから、降ろしてよ!恥ずかしいって、これ。」
「ははっ、やだ!」

山本は笑って、そのままぐるんと一周ツナを振り回した。
調子に乗って、ぐるんぐるんぐるん。ツナがひぇぇっと悲鳴を上げる。困ったような声は、三周目の途中でくすぐったそうな笑い声に変わった。

「あ、はは。もー、ちょっと山本。ほんと降ろせって、」
「いーじゃん。エンシンリョクで背ぇ伸びっかもしんないぜ。1センチぐらい。」
「伸びないって、こんなんじゃあ。」
「…………ねえ。君たちってどこまで群れれば気が済むの?」

ぴた。

その瞬間、すべてが静止した。
くるんとツナをぶら下げたまま山本が半回転すると、屋上のドアの前にその男が立っていた。
並盛の黒い怪物、その名は……

「あれ。ヒバリ、珍しいな。屋上で会うなんて。」
「やっ、山本!?」

何フレンドリーに話しかけてんの!? と、ツナがとめたけれど山本は気にしない。雲雀も気にかけない。

「さっき、騒がしかったから様子を見に来たんだよ。案の定だね。」

つかつかと雲雀は山本に歩み寄る。

「ねえ、君たちの群れって半径何m? まさか、校内全域とか言い出さないよね?」

トンファーが突きつけられる。
ツナの頭の上を掠めて、山本の喉元へ。

「返答によっては今度から見つけ次第噛み殺すことになるんだけど。」
「んー……。てか、」

冷や汗一つかかず、どころか生まれ持った素直さをうかがわせる笑みすら浮かべたまま、山本は答える。

「てか、オレはみんな好きなんだけど。」
「……ナニソレ。答えになってないよ。」
「だからさ、オレみんな好きだから、みんなオレの群れなんじゃね? ヒバリの言う群れってオレよくわかんねーんだけど。ヒバリの群れはともかく、オレの群れはどことか誰とか関係なくてさ。みんな。」

無言で、雲雀のトンファーが間合いを詰めた。無言だけれど、威圧感がその何倍も雄弁だ。
ツナが「頼むから降ろして」と言った。声が震えている。
けど、ここで手を放したら、まさかの時に雲雀の攻撃からかばえない。
山本は本能的に雲雀の攻撃パターンを予測して、ツナを抱え直す。

「あ。ってことは、オレがヒバリの群れに入ってなくても、ヒバリはオレの群れに入ってることになんのな。おもしれー。」

ツナは、怒りで雲雀の髪がぶわと膨れたのを見たような気がした。

「遺言は、それだけかな、山本武。今日は徹底的に咬み殺すことに決めたから、最後まで聞いてあげてもいいよ。」
「え。なんで? もしかして怒った? オレなんかヒバリ怒らすようなこと言った?」

疑問符の連続に、雲雀の笑みが凄惨な輝きを放つ。
山本の意識は雲雀の軸足に集中していた。攻撃に移る瞬間を見逃さないように。
わずかに残った、なんだかふわふわした心だけが呑気に雲雀に見とれていた。
雲雀が、舌先を出して唇をなぞる。文字通り、獲物を前にしての舌なめずり。濡れた唇がぎらりと光る。
紅いスパークだ。
やっぱヒバリっておもしれーなー。
山本はいっそ呑気に雲雀を見ていたけれど、ツナは、それどころじゃない。
山本にしっかり抱え込まれて、緊迫した二人の間で身動きが取れない。
その山本に至っては、この状況楽しんでいる。ありえない!

「ちょっと、山本!いくら何でもそれは天然すぎ!! 逃げて! じゃなきゃ謝って!!」
「平気だって。ヒバリけっこーいい奴だから。」
「あああ! その一言がまずいんだってば!!」
「あ。そーいやホントだ。オレツナに突っ込み入れられんの初めてかも。確かにツナちょっと変わったかもなぁ。」

あはははは、と山本は笑う。そんな場合じゃないとツナは青くなって、反対にヒバリは目が細くなる。
照準を合わせた矢のように、きりきりと引き絞られて、後は放たれるだけだ。

ちょっとやべーかな、と、山本は思い直した。
動き出しさえ気をつけていれば、避ける自信があった。けど、今日の雲雀は本気以上に本気だ。動き、見切れても間に合わないかも。
背筋が冷たくなって、ぞくぞくする。
怖い? ははっ、まさか! すっげー楽しい。わくわくする。
よし、作戦変更。一手目でツナを投げよう。ツナを逃がしたらその後は……、まあ何とかなるんじゃね? オレは身軽になるし。なによりツナは無事だし。よし。それで行ってみっかな。
素早く作戦を立て直して、再び対象の動きに意識を集中させる。
意識が透明になっていくのは、バッターボックスに似ている。でも、それよりももっと空気が透明だ。ランナーも監督も気にしなくていい。誰もいない。自分と相手だけ残して、雨上がりのようにすべてが洗い流されていく。

ああ。やっぱヒバリっておもしれーや。

曇り一つない、革靴の左足が外へ。
    来る。

「ちょ! ストップ!! まずい!」

ツナの声のトーンが変わった。

「離して! これ、見られたらマズい!!」
「え?」

どこにそんな力があったのかという勢いでツナに振りほどかれそうになり、山本は姿勢を崩した。立ち位置がぶれて視点がずれて、雲雀の向こう、屋上の入り口が見えた。がちゃんと鉄扉が開いて、よく知った人影が現れる。

「あ。ごくでら、」
「……やっば、」

間に合わなかった、とツナが呻く。

「……何やってんだ……? テメーら……」

ぼろぼろっと獄寺の手から紙パックが落ちた。
パックのドリンクを追い落として、ダイナマイトがその座に座る。
雲雀がちらりと顔だけそちらに向ける。

あーあ、オレの牛乳。
てか、何やってんだって、そんなもん……

山本は、獄寺の目になにが見えたか考える。
雲雀の背中(臨戦態勢)、向かい合ってオレ、オレが抱えているツナ。三人とも密着状態……おお。

「てめーら! 10代目から離れろっ!!」
「ご、獄寺君、誤解! オレまだ何もされてない!」
「てことは、これから何かされるとこだったんすね!! スミマセン、オレともあろうものが、10代目の……」
「違うっ! なんでそんなトコ拾うの!? つか、ナニ想像してんの!?」
「……え、」

獄寺が一瞬顔を赤らめる。

「んなっ、だからなんでその反応なの!」
「い、ぅあ……。スミマセン!すみませんすみません!! つか、山本テメーだ!てめー、10代目から離れろっ!! つか軽々しく触ってんじゃねぇ!!」
「え、やだ。」

山本はツナを抱く手に力を込めた。どころか、抱き方を変えてツナの腰に手を回す。
ぶちん。獄寺の額に青筋が浮かびぶっつりキレた。

「て…ンめー。覚悟しやがれ!」

ダイナマイトに火をつける。

「え? ちょ、オレは? 巻き添え??」
「避けてください、10代目!」
「んな無茶な!」

ツナの突っ込みは、爆風に掻き消された。
火傷する!
なんだか間が抜けた恐怖がツナの脳裏をよぎる。反射的に目を閉じようとしたら、その瞬間ぐるんと視界がターンした。

「あ、っぶねー。怪我ねーよな? ツナ。」
「山本……、」

すとんと地面に降ろされる。

「あ、モチロン、オレは全然ヘーキだぜ。」

ニコニコと笑う山本の背後には、まるで似つかわしくない爆煙。
獄寺が駆け寄ってくる。

「良かった、お怪我はないみたいっすね、10代目! 流石っス!!」
「いや、これは……」

山本がかばってくれたから、そう言おうとしたら山本が目配せする。

「さーてと、ヒバリは無事かなあ。」
「モロ喰らったはずだぜ。いくらあいつでも無事じゃ済まねーだろ。つか、それより! テメーは10代目に何しよーとしてやがったんだよ!?」
「いや、あの、獄寺君あれはね……」

ふわ、と、風が吹いた。涼しい秋の風、あおい空。爆煙が晴れていく。

「ほんと、君達っていつも群れてるよね。」

青空と爆風の中、雲雀がかすり傷一つ負わずに立っていた。

「……さてと、今度は僕の番だ。」

かしゃん、涼しげな金属音を立てて、トンファーが構えられる。

「まとめて、噛み殺そうか。」

うげっと獄寺が呻いた。

「化けもんかよ、こいつ。」
「化けもんじゃなくてヒバリだろ? つか、やっぱそーこなくっちゃな。」

にやっと不敵に笑って山本が身構える。
臨戦態勢の二人の背後で、もーやだーとツナが小さく叫んだ。

お昼ご飯ぐらい、のんびり食べたい。




08.09.12.
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