エンゲージ



獄寺隼人は、沢田綱吉の腹心の部下だ。
若き10代目の渡伊直後の混乱のなか、自身の力はあれど後ろ盾のない青年を守り抜き、天頂に盤石な玉座を用意し、つかず離れず守り抜いた。
評価を高めたのはそれだけではない。完全な理解と充分な手腕。正確に、まるでボンゴレ10代目その人がするだろうその通りのことをする。
まさに、彼は沢田綱吉の「右腕」であった。



けどあれで、結構他人の評価とか気にしている方なんだよ。
ツナは、苦笑する。
後先考えない短気のくせに、意外に繊細なんだから。

彼は、ボンゴレ10代目の右腕という評価を手に入れて、少し大人になった。
認められることで、欠点の暴走癖が落ち着いて、ますます完璧な右腕になってしまった。
名実共に、揺るぎない、ボンゴレ10代目の、右腕。
彼は落ち着いた様子で次の会議の資料に目を通し、問題点を洗い出していた。
着眼点の鋭さも矢継ぎ早に浴びせられる追及の的確さも今や有名だから、別室では提案者グループが必死で質疑応答集の最終チェックに追われているところだろう。
……で、優秀な右腕を有するボスはすることがない。
執務机にだらしなく寝そべって、彼の部下の白く長い指が資料をめくるのを眺めている。

「ねえ、ごくでらくん。」
「__はい。
 なんですか、10代目?」

一瞬遅れて彼が振り向く。

「手、出して。」
「……はあ。」

不思議そうに一度瞬きしてから、資料は左手にまとめ、獄寺は右手を軽く伸ばしてデスクの上へ。

「もう片方も。」

紙の束はデスクの隅へ。その隣にキレイにスラリと長い指が並ぶ。

「獄寺君。ゲームしよっか。」

ツナはひょいと獄寺の右手からボンゴレリングを引き抜いた。
「なっ……!」という非難めいた声は無視して、それを左の薬指に嵌め直す。
その意味なんて、誰が目を留めても一目瞭然。

「ゲーム、しようよ。次の会合の間、誰にも気付かれないかどうか。オレは……」

ツナが顔を上げると、獄寺は既に頬を紅く染めて、パクパクと声にならない反論をしていた。

「オレは、バレる方に賭けるよ、獄寺君。頑張って隠してね、そのニヤケ面。」

「な、に、ニヤケ……?」獄寺は呟いて、ごくんとつばを飲み込んで平静を装う。
けれど、取り繕った表情は平静を通り越して恨みがましい。そんなこと出来る訳ないじゃないスかと。
けれどボスの命令は絶対だ。
それになにより、楽しそうに笑う瞳に獄寺は逆らえない。

「じゃあ……この賭け、オレが勝ったら10代目は何をしてくださいますか?」
「んー……。そうだな、その時は明日一日、オレがリングをここに付けるよ。」

ツナは自分の左の薬指を指す。
罰ゲーム、のはずなのに、ツナは当然のことの様に言って、どころか、悪戯めいた笑いとともにこう付け足した。

「それらしいエンゲージリング買ってもいいけどさ、だったら余計、ボンゴレリング以上にその役目に相応しいのなんて存在しないしね。」

飛んでもない発言に獄寺は顔を紅潮させる。
その目の前に、ツナは自分の手をかざしてみせる。
燦然と輝く、右の中指の大空のリング。
別の指に動けば、誰も気付かないはずがない。

「オレが、獄寺君のものだって宣伝して回ってあげる。君が、オレの右腕なんじゃなくてさ。」

がああ、と、ますます獄寺の顔が赤くなる。

「あ、ありえません! オレがあなたのものならともかく、あなっ…、あなたが、10代目がオレのなんて有り得ません! 考えられません!!」

暴走気味に爆発してまき散らされる言葉の数々。
ツナはちょっと懐かしくなって、そして、ほんのちょっと悲しくなる。
何もそんなにムキになって否定しなくたっていいじゃないか。

「じゃあその赤い顔、会議までに落ち着かせないとね。一発でバレちゃうよ?」

獄寺は片手を自分の頬に当て、その熱さにぎょっとした様に、慌てて机の上の資料をひったくる。
失礼します、と、詫びる言葉もそこそこに、無理矢理意識を資料に集中させる。
目は、素早く紙面の文字列を追う。けれどどうしても、行頭に戻るたび、視線が一瞬左指の上に止まってしまう。
堪えかねてくすくすとツナが笑ったら、半分泣きそうな目で獄寺は彼のボスを見つめ返した。
会議まではあと30分弱。彼は、平静を取り戻すことは出来るだろうか。
……優秀な彼なら出来るだろう。もう、ただの獄寺君ではないのだから。
獄寺隼人は、誰もが認めるボンゴレ10代目の右腕になった。
けれど、沢田綱吉は…………



おれは、ごくでらくんのじゅーだいめになりたいよ。



聞こえない声で呟いて、ツナはぺたんと執務机に突っ伏した。




08.11.11.
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