おうちにかえろう それは、母にお使いを頼まれた帰り道だった。片手に頼りないポリエチレンの袋を提げて、ツナは獄寺に出くわした。 こんなタイミングで……。いや、まさか偶然だよな、と邪推を打ち消す。 偶然だよな、だって獄寺君も驚いた顔してる。 「お買い物ですか、10代目?」 「うん。そう。父さんが帰ってきてるんだ。あとバジル君も。で、足りなくなっちゃって。」 ツナは片手の袋を掲げて見せる。 「オレが買い出しの係。」 「そーなんスか。」 次の言葉は判で押したようにお決まりだった。 「お疲れ様です。オレ、10代目をお家までお送りします!」 いるいらないの押し問答をしたかは記憶にない。 お荷物お持ちします、買い出しぐらい呼んで下さればいつでもオレが、つかバジルは何やってんだ!自分はのうのうと家に居て10代目を買い出しに行かせるなんて 「いいんだよ、それは。」 遮ると、獄寺はきょとんとした顔になった。 「父さんの扱いはバジル君のほうが上手いから。」 父親の話なんてしたのは、そのころにはもう、取り繕うより素直に話したほうがラクな間柄になっていたからだ。 「ちょっと、居づらくてさ。抜けてきたんだ。 酔っ払いで何言ってんのかわかんないし、聞き返しても答えないでなんか知らない国のことばっか話すんだもん。オレ相槌も打てないのに、バジル君はちゃんとわかるみたいで二人して笑っててさ。それ聞いてる母さんもにこにこしてて。なんか、あの三人のほうがよっぽど家族みたい。」 がさっと買い物袋を揺らした。 「これもさ、母さんとバジル君に言われた通りに買ってきただけ。ずっと家にいなかった親父の酒のつまみの好みなんか、オレが知るかっての。」 わざとキツい口調で言い放って、こんな袋破けてしまえとばかりに振り回す。 ぶんぶんぶんと三周振り回して、あとは遠心力のなされるがまま、投げやりに腕を回す。 「オレにはずっといなかったのにさ、」 ぐるんぐるん、ぐるぅん 「 ぶち、と取っ手が切れた。買い物袋が前方に飛んでいく。 「うわ、やばっ」 「拾います!」 獄寺が飛び出して、アスファルトにぶちまけられた中身を拾い始めた。 オレの仕事とばかり一番遠くに飛んだ「サキイカ」まで走っていって、一つ一つ拾いながらツナの元へ戻ってくる。 「……10代目?」 ツナは、足元に落ちた缶詰を拾おうとして、しゃがみ込んだままだった。 缶は落下の衝撃でべっこりと凹んでいる。その間の上に、ぼた、と透明な雫が落ちた。 「………んと、ばかみたい……」 ぼたん、ぼたんと雫が落ちる。 「10代目……」 獄寺は言葉を失って、自分もツナの様にしゃがみ込んだ。おそるおそるその顔を覗き込む。 「……っあの、」 「…んでもないっ。これは、ちょっとっ……」 顔を隠す様に俯いた。ツナの声は、いっそ微かに笑っていた。それで余計、獄寺はいても立ってもいられなくなった。 「あのオレ!」 立ち上がる。 「いってきます! 行ってバジルの野郎を」 「それはだめ!!」 鋭い声は叱責に近かった。ツナが垂直に立ち上がる。 「それは、ダメ。そんなことしたら、獄寺君でも怒る。」 睨みつけた目は赤く腫れ上がっている。 「怒るよ。」 「…っ、けど、10代目……」 噛み付きそうな目が、獄寺を睨む。そんなのは初めてで、獄寺は動揺した。 「怒るよ、だってっ。バジル君は…わ…るく……」 また唇をかみしめると、ツナは俯いた。 「るく、ない、し……」 「……けど、」 ときどき、本当に時々、獄寺は、思ってもみないような優しい声を出した。この時もそうだった。 「けど、10代目も悪くないです。10代目のお父様とお母様の本当の子供は、10代目しかいないんスから。」 ひょいと身をかがめて、落ちていた最後の缶詰を拾い上げる。獄寺はそれを抱えた荷物の一番上の乗せた。器用に片手で荷物を持ち直し、空けた右手をツナに差し出す。 「帰りましょう。荷物はお持ちします。オレが、10代目をお家までお送りしますから。」 それはまだ、オレが獄寺君のことを何も知らなかったころの話。 デスクサイドのゴミ箱に、それは無造作に丸めて捨てられていた。 無造作、というのは語弊があったかもしれない。 上質な封筒に蝋付けで封をされ、片手で握りつぶすのは困難であろう厚さの封書が、未開封のまま、執拗に丸め込まれてゴミ箱に押し込まれていた。 「………書類は必ずシュレッダーに、じゃ、なかったのかな。獄寺君。」 今は無人の、机の主に声を掛ける。 彼の元に毎日山の様に届く雑多な嘆願書の様に、冷静に開封して三行程読んで断裁処理していれば、ツナだって気付かなかったはずだ。これじゃ、まるで拾い上げて読んでくれと言わんばかりだ。 丁寧に拡げて差出人を確認する。多少の逡巡の末、勝手に開封することにした。 獄寺隼人個人ではなく、ボンゴレの年若い幹部宛に届いていたので、その上司にはそれを読む権利がある。 文句があるならオレの他にこの件に介入できる奴を連れて来ればいい。居ないんだから、オレがやる。 少なからず罪悪感があったので、見えない相手に喧嘩を売る。 内容は、おおよそ予想通りのものだった。青みがかったインクで一字一字丁寧にしたためられていて、内容より、今時手書きのその文字の方が雄弁だった。 彼は、もうすぐミーティングを終えてこの部屋に帰ってくる。 さて、どうしたものかな。今日はもう大きな仕事はないから、食事の誘いにきたつもりだったんだけど。これは、キャンセルかな? なんて声をかけようか。 「……手を繋いでてあげるから、一緒に帰ろう……って……?」 あれはまだ、オレが獄寺君のことを、何も知らなかったころの話。 09.03.05. back |