応接室の森林保護官



 職員室に駆け込んだら、部員はオレしか居なかった。おまけに顧問に放送を聞いてなかったのかと呆れられた。呼び出しは、野球部の山本武は至急『応接室に』だったんだそうだ。
 全然聞いていなかった。
 三階に引き返したら、廊下に部長が待っていた。目が合った瞬間、ぱちんと顔の前で両手をあわせてオレを拝む。
「すまん、山本! 野球部のために……」
 オレは生け贄だと思われてるらしい。
 別に捕って喰われたりはしねーんだけどなあ。
「大袈裟っスよ、部長。時間かかると思うんで、また放課後、部活で。んじゃ、しつれーしまっす。」
 手を振って、ばたんと応接室の扉を閉めた。


「修理費。風紀委員会の予算から出すことになったから。」
 ヒバリは鉛筆を置くと、黒光りする机に両肘を突いた。手を組んで、その上に顎を乗せる。
「明日には直るよ。」
「うん。サンキューなっ。」
「ただし、貸しだからね。」
 一言喋るごとにつんと尖った顎が上下して、顎とは逆に反対にまるっこい黒髪はさらさら揺れる。
「ブロック優勝しなかったら、全額返してもらうよ。」
「うんうん。わか……」
 いや、見とれている場合じゃなかった。
「げ、ブロック? ヒバリ、それ、全国出場しろってこと?」
「そうでなきゃ新聞に校名が出ないからね。」
 ヒバリは、ツンどころか、つーーーーんって感じだ。
 ぱちん、と切れ長な目が『まさかできないとか言わないよね』ってオレを見上げる。
 ああ、見上げるってさ、なんかもうちょっとかわいいものだったと思うんだけどなあ。ツナとかさ、女子とかさ、マガジンのグラビアとかさ。
 オレは膝を折って、ヒバリの机に顎を乗せた。
 じろ、と今度は見下ろされる。前はよく『邪魔だよ』って追い払われたのだけど、最近睨まれるだけになった。うん、ヒバリは、この角度から見た方がかわいい。
「いいぜ。全国紙のスポーツ欄に太字で校名載せてやる。そんくらいじゃねーと張り合いねーよなっ。」
 笑いかけたら、ヒバリにはぷいっとそっぽを向かれた。
 ヒバリは首が細い。ボタンをちゃんと一番上まで留めて、ネクタイをきっちり締めてそれで苦しくないんだからすげーよなーって思う。
 オレには無理だ。学ランとか絶対ムリ。
 ヒバリってすげーよなー。
 こんなほそっこいのに、地道に走り込みしてるところはもちろん、メシ喰ってるところだって見たことないのに、どうしてあんな強いんだか。
 オレは時々ヒバリを解剖してみたくなる。
「……あ。なあ、ヒバリ。食物連鎖って信じる?」
「信じるも何も。」
 ヒバリはオレに顔を向けた。呆れた様に言葉を区切る。一度口を閉じたら、かくんと細い顎が落ちた。
「草食動物はより強いものに喰われるものだろ。君まさか重力を疑ったりするの?」
 常識無いの? と言いたいらしい。
「うん。そーなんだけど、ツナが」
「また沢田か。」
 は、と、ヒバリはため息を吐く。頬杖を片手にして、興味なさそうに窓の外を見る。
「沢田が、なに?」
 沢田が……。
 ツナは。そういうの嫌なんだって。ツナって、いい奴だよな。
 嫌じゃないオレは駄目かな? でも……ヒバリも疑ってないのな。
「……ん。なんでもね。やっぱ、ふつーだよな。勝たなきゃ負けちまう。」
 そう、勝たなきゃ負けてしまうのだ。トーナメントというやつは。
 オレは、勝ちたい。
 ブロック勝ち上がって全国まで行かねーと。ってことは練習だな、特訓あるのみ!
「なあなあヒバリ。」
 机の上に、一歩身を乗り出した。
「絶対全国行くからさ、ついでに夜間照明買ってくんね?」
 ヒバリは、つーーーーんって瞳でオレを見下ろして微笑んだ。
「僕にたかるとはいい度胸だね。咬み殺されたいの? この雑食動物。」
 あ、やっぱり。
 ヒバリは良くてオレは駄目なんて、やっぱヒバリってひでーよなー。
 にこにこ笑っていたら、咬み殺されたいとは言ってないのに、ヒバリは一発パンチをくれた。




09.04.04.
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