そのたったひとこと。



おたんじょうびおめでとう

たった一言言えばいいんだろう?
それで済むんだから安いものじゃないか。

おたんじょうびおめでとう。

花屋の店先とか、ケーキとか、
もういっそグラウンドの土全部入れ替えてやろうかとか、
馬鹿なこと考えるより、

『            』

一言、言った方が簡単。

(大体、つい一ヶ月まえ卒業した中学にどんな顔して踏み込めと?)
(いや、別に学校でなくともいいのか。)


出没場所はわかるから、
あのバッティングセンターの前でも、
ランニングコースにしてる神社の石段でも、
待ち伏せて……


待ち伏せて?
冗談じゃない!


お誕生日おめでとう。
一言言えばいいんだ。
お誕生日おめでとう。
それを、一体、何の罰ゲームだ。
お誕生日おめでとう。
桜が花を散らして、残った血の涙みたいな花柄を追い落として
まだ柔らかな緑の葉が空を埋め尽くしていくのを見ながら
そういえばあれは春の生まれだなんて思い出したのが運の尽きだった。
誕生日か。
言えば喜ぶかと、思ったのが運の尽きだ。
おめでとう。
うるさい。どこがめでたいんだ。
おかげでこっちはもうずっと、最悪の気分だ。
お誕生日おめでとう。
お前のせいだ。みろ、もうこんな時間だ。
とっぷりと日も暮れて、
お誕生日おめでとう。
もう言えるわけないじゃないか。
お誕生日おめでとう。
おかげで今日は僕は一日最悪の気分だった。
もう知らない。寝る。おたんじょうびおめでとう。
目が覚めればもう手遅れだ。
おやすみ。
山本武。
おたんじょうびおめでとう!



目蓋を閉じたら携帯が鳴った。
草壁だ。
他には番号を教えていない。

「哲? 一体何の……」

用件かと問う前に。

「あ。ヒバリー?」

間の抜けた声がした。
語尾を伸ばすな、気安く呼ぶな。

「山本武。なんで君が?」
「あ! すげー、ヒバリ、声でオレってわかるのな。」

自爆。した。

(哲の奴、余計なことを。)

「……いったい、何の用?」
「ん? うん。なんかここ一週間ぐらいずっとヒバリが夢に出てきてさー」

なんかあったかなーと思って。
今朝も出てきたんだぜ、すげーよなっ。

山本は上機嫌だ。
ああそう。
僕は最悪な気分だったんだけどね。
ああ、哲の奴、余計なことを。

「ヒバリ、誕生日ありがとな!」

唐突に、山本はそう言った。

……本当に、揃いも揃って余計なことを!

「僕はなんにも言ってないよ!」

礼を言われるようなことは、まだなんにも。
まだ何も言ってないのに、これじゃあますます言えないじゃないか。

「えー? なんで、ヒバリ怒った?」

僕は別に怒っていない。腹立たしいだけで。
山本は、笑っている。

「いいじゃん、減るもんじゃねーし、一言くらい。言わせてくれたって。」

その一言が、言えなくて、一体僕がどれだけ……

「ありがとな、ヒバリ。」

山本はまた、繰り返した。
軽々と気安く。
それを僕は、もう一週間も、一体どれだけ!

「知らない!もう寝る!おやすみ山本武!お誕生日おめでとう!」



一方的に通話を切った。
しばらくしてすぐ着信があったけれど、
行動パターンは大体把握してるから、
こっちはとっくにサイレントモードに切り替えてある。
着信を告げるランプがきらきら光るのを見ながら、
目蓋を閉じた。
おやすみ、山本武。
おたんじょうびおめでとう。




09.04.24.
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