ふぁーすとでーと。 リング争奪戦、こと、ハイブリッド相撲大会祝勝会は午後三時にはお開きになった。竹寿司は夜は通常営業なんだそうだ。女子達は既に、連れ立ってケーキ屋さんにはしごする計画を立てていた。他の面々も三々五々それぞれの帰路につく。 「山本は?」 動く気配がないので問いかけると、山本は湯のみを回収する手を止めて顔を上げた。 「ああ、オレは今日は親父の手伝い。今度は、色々世話んなったからな。」 山本はカウンターの父親をちらっと振り返って、なんだか照れ臭そうにくしゃっと笑う。 「そっか。獄寺君は?」 「オレは……特に予定はないんすけど、」 うーん、と、獄寺君は窓の外を見る。よく晴れている。 「暇だし、その辺ぶらぶら……そーっすね。服でも買いに行くか。随分駄目にしちまったし。」 まるで当たり前のことの様に言ったので、ツナは驚いた。 「え? 獄寺君一人で?」 「へ? なんかヘンすか?」 逆に問い返されて、ツナはちょっと恥ずかしくなる。 そりゃそうだよなあ。獄寺君一人暮らしだし、いつもかっこいい服着てるし、自分で買ってるんだ。当たり前だよな。それに引き換えオレは…… まさか中二にもなって母親以外と服を買いに行ったことがないなんて、言えるわけがない。 「い、いやっ、なんか、一人ってさびしくないかな、とか」 慌てて取り繕うと、地雷をふんだ。 「じゃあツナ、獄寺と一緒に行ってやれば?」 「ええええ?」 冗談キツいよ山本! と思ったときには既に遅い。獄寺はもう期待感に瞳をキラキラさせてツナを見ている。 「そうっすね! 折角いい天気ですし、アホは揃ってどっか行っちまうみたいだしここはオレと……」 「でっ、でもオレ! お金ないし!」 「あら、いいじゃない。行ってきたら? お金なら、出してあげるわよ。去年の服、もう小さくなっちゃったものね。」 「母さん!」 助け舟、のつもりなのかも知れないが、ツナにとってはとどめの一撃だった。 いや、『お友達とお洋服買いに行くなんてツッ君も大人になったのね』なんて言われないだけマシか。口に出さないだけで、瞳には大きく書いてあるけれど。 それが読み取れていないのはこの場ではきっと獄寺だけだ。リボーンまでニヤニヤした眼でことの成り行きを見上げている。 「ハイこれ、落としたり、ゲーム買ったりしちゃ駄目よ。レシートとおつりはちゃんと返すこと。じゃ、獄寺君、ツナをよろしくね。」 「ちょっ! 母さ」 受け取り拒否しようとしたツナの声の上に、獄寺の宣誓が被さる。右手握りこぶしでどんと胸を叩く。 「お任せ下さい、お母様! この獄寺隼人、右腕として必ずや十代目を……」 あーもー、日曜の午後ぐらい家でのんびりしたかったのに! ツナは心の中で悲鳴を上げる。 ……獄寺君と、買い物かあ。 けど、 前ほど嫌だと思っていない自分にも、ツナは気が付いていた。 駅前商店街から脇道に入って、獄寺のあとについて裏通りをぐねぐねぐねぐね曲がって行くと、まるで知らない通りに出た。雑貨屋とか古着屋とか喫茶店(……じゃなくてカフェ?)がぽつんぽつんと並んでいる。 「並盛にこんなとこあったんだ。」 「オレはよく来ますけど、10代目は初めてですか?」 「うん。獄寺君この辺詳しいの? ここ、学区外だよね。」 「そうです、並盛第二中…でしたっけ? そっちの校区らしいです。 実はオレ、家がこの辺りなんすよ。日本来る時、並中の校区で住処探してる時間なくて、適当に誤魔化して並中に通ってんです。」 「へー……」 道理でいつまでもどこに家があるのか分からないわけだ。 ツナは一人納得する。 つかこの人、学区外からわざわざ毎朝オレんちに迎えにきてんの!? なんでそこまでするかな。 今更ながら、獄寺という人物がツナにはよくわからない。 「ところで10代目、オレの買い物が先でいいって仰るんでお言葉に甘えてこっちまで来ちまったんすけど、本当に良かったんですか? 何か買いたいものとか行きたい店とか、」 聞かれたところで、ツナはまるで初心者なのだ。わかるわけがない。が、わからないと素直に言える性格でもなかったりする。 「てっ、てきとーにみてるから、獄寺君自分の買い物が先でいいよ。獄寺君こそ、何買うか決まってるの?」 「オレは、そろそろ寒くなってきたんでジャケットと、あと修行で駄目にしちまったんでシャツと……」 自分とは反対にすらすら淀みなく答えるので、ツナは勝手に恥ずかしくなる。 経験値が。経験値がけいけんちがけーけんちが。 たりないのだ。 通りを歩いているだけなのに、なんだか手足がぎくしゃくしてしまう。 「あ、ここです、10代目。」 ぴた、と、獄寺は、れんが貼りの雑居ビルの階段の前で足を止めた。 店内に入ってからのツナの動きは、ぎくしゃくなんてものではなかった。 なんだか暗いし、聞いたこともないような曲(……何語?英語?)が流れてるし。うるさいって程じゃないけど。なんだか、すごく場違いな気分だ。いたたまれない。 反対に、獄寺は水を得た魚だった。 「10代目?」 鼻歌でもうたい出しそうな機嫌の良さでくるりと振り返る。 「そうだ、良かったらオレ、何か見立てましょうか?」 「いや!いいよ。オレ! 一人の方が気が楽だし! 獄寺君は自分の見て来なよ!」 両手をぶんぶん振り回すと、獄寺はちょっとだけ残念そうな顔をした。けれどすぐに気を取り直した様に笑う。じゃあ後でと並んだ服の向こうに消えた。 後に残されたツナは、とりあえず一つ深呼吸する。落ち着いて、目が慣れてくれば、商品も見えてくる。 獄寺君の好きそうな店だなあ。 第一印象はそれだった。 店の中央にはガラスケースがあって、獄寺がよく身に付けているようなシルバーが陳列されていた。値札を見てびっくりして、おもわずゼロの数を数え直す。なるほど、『上納品』になるわけだ。 客はまばらで、店員が寄ってくるわけでもない。ツナはゆっくりと店内を歩き出した。並んでいる服は落ち着いたモノトーンを基調としていて、ああ、なんだかやっぱりへんな感じだ。周り中、なんだか獄寺君の気配。居心地悪い訳じゃないんだけど、なんだか恥ずかしい。 そわそわ目を泳がせて、ふと目についたのは淡いブラウンのファーのついたコートだった。 これは、なんかどっちかっていうとディーノさんが着てる奴みたい。 これはわかるぞ、獄寺君絶対買わない。 袖を引っ張ってみて、それじゃあもし、と自分が着ているところを想像する。想像図はあまりにも似合っていなかった。ツナはぱっと手を放す。第一、サイズが合わない。ずるずる裾を引き摺るに決まってる。 やっぱこんなとこオレ向いてないよ! 半分逃げ出したくなってツナはくるりと背を向ける。 ターンした視界の中で、一色、明るい色が流れた。 なんだろ、珍しい。 ふらふらーとツナはそれに近寄って、手に取ってみた。 オレンジと白の、二色切り替えのパーカーだ。 肩の辺りには、よく獄寺のベルトなんかについているような銀色の飾りがついていて、裾のポケットの辺りにはまるっこくディフォルメされたドクロマークが笑っている。サイズもそんなに大きくない。 あ、これなら…… いいかな、と思った次の瞬間、はたと気が付く。 って、なんかこれじゃ獄寺君とお揃いみたいだし!? なんだか急に恥ずかしくなって、ツナはがしゃんとパーカーをラックに押し戻した。 ああもう無理! 何やってんだろオレ! 大股で歩いてずらーっと並んだ服の間を抜けると、ぽかん、と開いたところに出た。目の前に鏡。と、獄寺。 「あ、10代目!」 振り返った獄寺は、見慣れない形の黒いジャケットを羽織っていた。丈は短めで所々にちりばめられた銀色のパーツが照明を受けてきらきら光っている。襟は大きめ。一番特徴的なのは前のほうのファスナーで…… なんで真ん中じゃなくてそんなに端っこのほうについてるんだろう、と、ツナは正直首を傾げたかった。不思議そうな顔に獄寺も気付いたらしい。 「ライダースジャケットって言うんスよ、コレ!」 ちょっと袖を摘んで、胸元を拡げてみせてくれた。そのままくるんと一周しそうな勢いだ。 楽しそうに笑うよなあ。 「うん。よく似合ってると思うよ。」 カクン、と獄寺は一瞬停止して、それから急に真っ赤になった。 「いっ、いえそんな! 10代目のほうがっ」 きっとお似合いに……は、ならないだろう。 さすがの獄寺も続きの言葉が出てこなくて、ますます顔が赤くなる。 照れる。照れてる。 いつの間にだろう、ツナは、獄寺のことなんて恐くなくなってしまった。 大袈裟に褒めたり、山本と内緒話してたらこっそり拗ねたり、獄寺はわかりやすい。 なんでかな。オレ、好かれてるんだ。獄寺君に。 そうわかったら、なんだかちっとも恐くなくなってしまった。 「よく似合ってると思うよ、獄寺君に。」 獄寺はなんだかますます真っ赤になって、それから慌ててもぞもぞとジャケットを脱ぎだした。 「そっ、そんなオレのことよりっスね、さっき途中で…」 喋りながらジャケットを脱いで、じゃあこれ、と、獄寺は近くの店員に慣れた様子でジャケットを渡す。 「さっき、途中で絶対10代目に似合うっての見つけて、」 ぱっ、とツナの手をとって獄寺は駆け出す。ラックから服を一枚引き出す。明るいオレンジ色が視界を奪って、ツナは、あ!と声を上げた。 「絶対、10代目にはこれだって思ったんスよ!」 ああもうなんで、オレのことでそんな嬉しそうに笑うのかなあ。 獄寺君と居ると、なんだかからだがぽかぽかするから困る。 ツナは、恥ずかしいんだか可笑しいんだか嬉しいんだか楽しいんだか、よくわかんないけど自分は絶対今かっこわるい顔をしてると思いながら、獄寺の掲げたパーカーに手を伸ばした。 .09.06.01 back |