キミガタメ



 オレはね、君の神様になりたくて、なれると思ってたんだ。
 君のためなら、なんにだってなれると思ってたんだよ。


 随分酷いことを言われた。
 背中に回された手は冷たい。
 足元を波が攫って、冷えていく。
 随分酷いことを言われた。
 後でって言ったのに、部屋に君は居なくて、開け放した窓辺でカーテンが揺れてた。
 窓から見下ろしたら君が見えた。
 波打ち際に立ち尽くして、月を見ていた。

 もうずっと、放してあげるべきなんじゃないかって思ってたんだ。
 だって獄寺君にはオレしかいなくて、オレ以外の奴に笑ったりしなくて、そんなのは恋じゃないだろ。
 オレしか知らないだけだ。そんなのは好きって言わない。オレは獄寺君の十代目なだけで、オレは獄寺君の好きな人じゃない。
 わかってて好きになった。わかってて好きだって言った。通じてないのは知ってて、勝手に恋人にした。
 獄寺君が気が付いたら、放してあげようと思ってたんだ。
 こんなのは恋じゃない。君はオレのことなんか好きじゃない。ただ絶対的に十代目なだけだ。
 それに気が付いたら、放してあげようって決めてた。

 獄寺君は、最近よく笑うようになった。
 オレたちは一緒にいられる時間が減った。オレは時々君が遠くで立ち話してるのを見かけるだけ。君は年上の、オレの知らないマフィアの人とも、普通に話して仕事をしてた。ランボともケンカしなくなった。
 この前なんか、みんなで庭でサッカーしてたんだ。信じらんない。
 獄寺君に、好きな人が増えた。もうオレだけじゃない。もうオレだけが、獄寺君の好きな人じゃない。十代目の意味も、もう随分変わったんだろ。最近よく、オレから逃げるね。

 放してあげなきゃ、このまま、逃がしてあげなきゃ。
 わかってんのに、オレは、我が儘だ。
 ぜんっぜんダメで情けなくってかっこわるい。
 オレはね、君の神様になりたくて、なれると思ってたんだ。
 君に見えてる通りの人になろうって。そうしてればきっと、いつまでも好きでいてくれるだろうって、がっかりして嫌われたりしないだろうって、そう思ってたんだよ。
 オレは、君の神様でいなくちゃいけなかったんだ。
 なのに、
 ねえ、さっき、
 君、オレに向かって、随分酷いこと言ったよね。
 獄寺君のくせに。
 ね? 聞き間違いじゃないよね?
 君はずっと、そんなこと思ってたの?



「十代目、」
 頭の上から声がした。
「そろそろ帰りましょう。風邪引いちまいます。」
「やだ。」
 突っぱねたら獄寺君が絶句した。
「帰るって、オレの部屋に? 君の部屋に?
 玄関でお別れなら帰らないよ。」
「十代目……」
 半分呆れたようなため息。あやすみたいに肩を抱かれた。大きな手がゆっくり下がってきて、オレの背中の真ん中をそっと押した。触れあう体温が大きくなる。
「なんで、部屋にいなかったの?」
 その胸に手をついて、ゆっくりからだを引き離す。瞳を覗き込む。
「オレは、嫌いになられたのかと思ったよ。」
 途端に、獄寺君は傷ついた顔をした。
『そんなわけないです。』
 否定の言葉さえ口に出来なくて、呆然とオレを見つめる。
 ああ、やっぱり。
 オレはやっと安心して、にっこり笑う。笑ってあげる。
「嘘だよ。冗談。」
 嘘だよ。獄寺君。
 嘘だって言うのが嘘。
 これでもね、オレは本当に、いつか君に嫌いになられる日に怯えてるんだ。
 ドジなとこ、駄目なとこばかなとこ、情けないとこかっこわるいとこ。いつ見破られて愛想尽かされるんじゃないかって怖がってる。そんな日こなけりゃいいと思って、できるだけ遠回しにしたくて、こんな風にせこい手まで使って、ほんと、ひっどい我が儘。
 我が儘なんだよ。まだ気付いてないから、バレてないから、好きで居てくれるんだと思ってた。知らないから、まだオレなんかの側に居られるんだと思ってた。もうすぐバレて、居なくなっちゃうんだと思ってたんだよ。
 だから、ねえ、オレは必死だったんだよ。
 君の神様になりたくて、君が望むように、君に見えているはずのオレに、ならなくちゃって必死で、ずっと不安だったんだ。怖かったんだよ。
 なのに、
 ねえさっき、
 ごくでらくんのくせに、ひどいこといったよね。
 ああヤバい、涙出そうだ。
 でも獄寺君のほうが泣きそうだから、シャツの胸におでこを押し付けて、全然平気なふりをする。オレの胸いっぱいに、獄寺君の匂い。
 このヘビースモーカーめ。
 知らないだろ、君の胸は肺の外側まで火の匂いが染み付いてて、すごくいい匂いなんだ。頭がくらくらする。放したくない。ずっと捕まえておきたい。
 ああ、変なの、泣きそうなのに、オレ今すげーしあわせだ。ちょっといじめただけで君は泣きそうで、大好きしか伝わってこなくて、すげーしあわせで涙出そう。バカみたいで笑っちゃうよ。なんて勝手で酷い奴なんだ。
「本当に嘘だよ。泣かないでよ、獄寺君。いじめてごめんね。」
「……っ、十代目、オレ、別に泣いてません!」
「うん、でも泣きそうだ。」
 ひっぱって、目蓋にキスしたら、ほらやっぱり溢れて睫毛がキラキラ濡れた。
 それじゃ足りないって、獄寺君はちょっとだけ口を尖らせる。
 ああそうだ。君はいつの間にオレにそんな顔するようになったんだっけ。
 獄寺君のくせに不満そうに。
 なんだよもう、とっくにバレてたんじゃないか。
「大好きだよ。これじゃ足りない?」
 唇を引き結んでも、足りませんって目が言ってる。
「欲しいんだったら、君からして。」
 獄寺君はちょっとだけ唇を噛んで、それから、泣きそうな顔でオレにキスをした。好きじゃなきゃ、絶対できないようなキスをくれた。
 足元を波が攫って、ざらざらと砂が崩れてく。
 こんなに足元は不安なのに、繋がったとこがあったかくて気持ち良くてどうしようもない。
 ほんと、どうしよう。こんな気持ちじゃオレにはもう、君に嫌いになられる理由が思いつかないや。
 オレは我が儘だから、ぜんっぜんダメだから、こんな幸せじゃもうがんばれないよ。
 ねえ獄寺君。君の神様に、なれなくてごめんね。
 そっと髪を撫でたら、ふるふると彼の身体が震えた。獄寺君はこうやって、時々とても苦しそうなキスをする。でもごめん、それでもオレは、君が居なくなるのが赦せない。君がオレのことを好きなんなら、なおさら。
 ごめんね。君の言う通り、オレは我が儘な王様です。




09.06.08.
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