多峰性臨界定理




 ダメだ、と思う瞬間がある。唐突に、ここから先はダメだ、と。

 10代目が背後で深い息をついた。動き出す気配に、オレは俯せたまま敷布を引き掴む。
 ずるりと抜き取られて下腹が震える。四つ足をついた内腿が戦慄く。
 もう何回も出してるし、出されてるから、痛くなんかない。オレのは勃ってんだかイってんだか、多分どっちも。
 本当にどっちも、ならいいんだけどな。
 目の前はぼうっと、白い光に霞んで見えない。見えないけどわかる。本当はもうオレは出しつくしちまってる。10代目とする時はいつもそうだ。最後には、熱にうなされて頭ン中くわんくわん言うだけ。それだけになっちまうんだけど。
 それはこのまま死んだっていいと思うくらい甘い頭痛で、だから、このままどろどろ、溶けた砂糖菓子みたいになっちまったっていいんだ、なんて思う。
 このままオレを犯して融かして、ジェラートみたいにぐっちゃぐちゃに掻き混ぜて   食べて。
 そんなバカなオンナみたいな事、口になんか出せやしない。仮にも10代目の右腕たるこのオレが! そんな事考えてるなんて、絶対言えない。けれど、10代目はまるでわかってるみたいにそうしてくれる。
 大きなスプーンで掬うみたいに、10代目のがオレを内側から溶かして掻き混ぜて、一口ずつ掬いとって食べつくしてくれる。

「んっ…ふ、あ……!」

 グチュリ、また差し込まれて、内側からオレを攫っていく。その感覚に身を任せる。……あ、だけど、だめだ。
 だめだ、いやだ。こっから先は   
 ず、とまたすぐ摩擦の向きが変わる。身体ん中を上下にこね回されて、掻き出される。臍の下の辺りがびくびくうねる。波打つ。
 ア、なんて、今度は本当に声が出た。まるで悲鳴。
 ダメだ。だめだめ。
 オレはシーツに顔を押し付けて、声を殺す。

「……あ。ごめん、」

 先に覆い被さってきたのは体温で、熱くなった肌がぴたり、オレの背中に張り付いた。背中に感じる、汗の感覚。それから重みが。最後に声が。

「つらい? 具合、悪くなった?」

 まさか。つらくない、つらいはずない。オレは俯いたままかぶりを振る。
 うわ、オレすげー汗かいてる。髪が張り付いたまま、動かねえの。
 10代目に、気持ちワリーって思われねーかな。
 不安感も熱に浮かされてる。『そうだったらどうしよう』が纏まらない。
 ゆっくり、背中にかかる体重が大きくなる。10代目がオレに顔を寄せる。くにって、ぶつかったのは唇。キスされた。
 ……思わないんだ。きもちわるいとか。   よかった。

「涙出てる。ほんとにだいじょうぶ?」

 だいじょうぶです。
 こくこくとオレは頷く。
 つか、たとえ、オレが大丈夫じゃなかったとしても、10代目のはもう止まれなくなってるはず。
 なかで息づいているものを、内側から舐める。なんて熱いんだろう。
 オレのせいでそうなってるんだ。そう思うと、またくらり目眩がする。
 それとも10代目は、ここから引き返せるんだろうか。オレは、やめて欲しくなんかないのだけれど。

    やめられたら、いやだな。

 目を閉じる。
 やめられたらいやだ。
 背中の上で心臓が、10代目の心臓が、どくんどくん言ってて、オレの中に入ったのも、びくんびくんて跳ねるように震えている。まるで、まだなのにもう出されてるみたいだ   って。
 バカヤロウ。欲しがるにも程がある。
 どうしようもない欲を押さえようと、浅く息を吐いた。臍の下の辺りがヒクンと跳ねた。
 ヒクン、ビクン。奥に奥に、まるで突っ込まれてるものを呑み込みたいように。ヒクン、ごくん。   ああ、だめだ。
 ビクンビクンもドクンドクンも、してるのはオレだ。こんな欲しがるなんて、最低だ。みっともねぇの。
 ゆっくり力を抜いて、がっついて喰らいついてるカラダを離す。ゆっくりゆっくり息を吐いて、掴んでた敷布も手放す。
 身体の中を、空っぽにする感覚。オレの中からオレを消していく。
 そうすると、ドクンドクンて、からだのなかで響いているのは10代目のだけ。
 それにテンポを合わせる。からだのなか、響いているのはひとつだけ。ゆっくり、ぜんぶ、手放して   10代目だけだ。
 ぴたり。シーツに俯せた視界の隅で、オレの手の上に10代目の手が重なる。
 ああ、おんなじカタチしてんだ。
 二つの手が一つになって、シーツに皺を刻んでいる。
 それはとてもすごい事のように思えて、オレにはもったいなくて、息を潜める。10代目も息を整えるから、ベッドの上に、呼吸も、ひとつだけ。
 すげー。ほんとうにおれ、じゅうだいめの一部になっちまってんの。
 のしかかってくる重みも、体温も、苦しいのに全部甘ったるくて、ちっともいやじゃない。
 免疫機能が壊れてんだ。
 もうオレにはそれが、オレなのかオレじゃないのかわからない。ぬるい海にちゃぷちゃぷ浮いてる気分。   そんなこと、したことねーけど。
 きもちよくて、おれはうっとり目を閉じる。
 うっとり、とか言いながら、ほんとはまだ呼吸は速い。すぐちかくで、10代目もおんなじになってるのがわかる。息荒いのに心臓速いのに汗かいてんのに、うっとりする。二人とも、ぬるいどろどろになって溶けている。
 すげー、ほんとにおれ、じゅうだいめとおんなじになってんの。
 おれじゃなくて、おれとじゅうだいめなのに、おれになっちまってる。もうずっと、このままだったらいい。ずっとこのままだったらいい。


 だけど、それは突然やってくる。


 オレを抱いたまま、耳元で10代目が囁いた。

「ごくでらくん」

    ああやっぱだめだ!
 『ずっと』なんてない。
 オレはオレ、10代目は10代目。『ずっと』なんてない!
 オレはぎゅうと敷布を掴んだ。
 掴んだつもりだったのに、手の力を緩めていたから、10代目の手が重なっていたから、巻き込んじまって、オレが掴んだのは10代目の指だった。指と指が絡み合って、ほどかねぇと、でも   もうダメだ、こんなになったらもう引き離せない。
『ごくでらくん』
 耳元で声が。
 だめだ。呼ばないで、10代目。からだ、とけちまう。
 思うのに、それは声にもならなくて、10代目がまた動き出す。
 繋がった部分はどこもぐちゃぐちゃ。ぐちゃぐちゃっつか、ぐちゅぐちゅ。すごい音立ててやがんの。
 どろって引き抜かれた。
 オレが融けて掻き出される。かわりに入ってくるのは10代目だ。ぶわって、熱い流体になって流れ込んでくる。
 だめだって、こんなんじゃオレ、なくなっちまう。喰いつくされて、身体全部、10代目になっちまう。
 なのに、はいってるものが、丸く膨らんだ部分が、一番深いところで、まだ奥に、ってとろりと中を擦り上げる。
 うん、まだ奥のほうはオレのまま。だからもっと10代目でいっぱいにできる。
 混ぜて溶かして掬い取って、ぜんぶ食べていいんスよ。もっと奥までひらいて、とりかえちまいましょう。そしたらほんとうに、いっしょになれる。ぴったりおんなじになれる。
 想像したら、からだの奥がとろんと融けて、どうぞかきまぜてくださいといった。入り口の鍵がかちゃりと開いて、どうぞお通りくださいという。
 ああ、なんてふしだらなんだ。10代目の腕がオレを抱く。
 手を繋いだままだから、まずオレの腕がオレを抱いて、更にその上に10代目が。すっぽり抱きこまれてしまう、オレの身体。そしてまた深くまで10代目が入ってくる。

「んっ……あ、ふぁ、ア……!」

 融けたところを掻き混ぜて。すくいあげて、もっと。
 もっと。
 祈るように思い描いて、けれど視界は白く霞む。
 お願いだ、もっと。
 思うのに、その先が見えなくて、オレは竦む。立ち尽くす。確かなものは、内から外から、オレを抱くこの熱量。
 10代目、もっと、してほしい。できるんスよ、けど。
 10代目、いやだ、しないで。

 肩越し、オレの肌が10代目の吐息で濡れる。10代目の身体の下で、オレはいやだと首を横に振る。ぐちゅぐちゅ腰を振ってるくせに、首はいやだと横に振る。

 こっからさきはだめだ。もうこんななのに、これ以上、なんて   

 いやだ。
 おもうのに、

 やっぱダメだ。オレ。
 こんななのに、これ以上、なんて。






 こんなすきなのに、これいじょう、なんて。










10.01.23.
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