あてんしょん。妄想当社比200パーセント。


乙女座男子。



 『二月三日は節分です。この日、日本の多くの家庭では、豆撒きが行われます。そこでは人々は大豆という豆をまきます。そして彼らは鬼を追い払います。そして彼らはその年の幸運を祈ります。』

 そしてと彼らが多すぎると思うんだが、まあともかく。
 二人がここまで和訳するのに二時間かかった。補習課題のプリントの英文は残り十数行。向かい側からぱっと目を通してみると、内容は鬼の説明、掛声について、柊、鰯、などなど。
 まだあと数時間はかかりそうだ。が、提出期限は明日。そして、10代目と野球バカの集中力はとっくにゼロ。
 というわけで、気分転換にオレと10代目ともう一人はコンビニに買い出しに行くことになった。


「……なんで真っ先に牛乳カゴに入れんだよ。」
 しかも1リットルパック。
「いーじゃん。オレが飲むんだからさ。」
 お前も好き嫌いしてると背伸びないぜー?
 山本はへらへらと笑う。
 ムカつく。無視。
 10代目はさっきからずっとペットボトルのコーナーの前で悩んでいる。同じコーラを二本手に取って。
「どうかなさったんですか? 10代目。」
「え? あ、うん。ボトルキャップどっちにしよーかなーって。」
 黒髪のショートカットの女と、大きな剣を構えた黄色のツンツン頭の男。
 数年前に流行ったゲームのキャラクターらしいけど、オレは来日前だから知らない。でも、似たようなのが10代目の部屋のテレビの上に並んでいるのは知ってる。
「じゃあ、オレこっち買いましょーか?」
 ジンジャーエールを棚に戻して、黒髪の方を受け取った。
「いいの? 獄寺君あんまりコーラ飲まないよね。」
「飲めないって訳じゃないスから。」
 この人形は差し上げます。そう言うと10代目は目を細めて笑った。
「ありがと。獄寺君。」
「いえっ!」
 そのお言葉だけで十分っス!!
 お許しいただけるならそこの店員脅して全部買い占めたいところですが、先日10代目がコンビニ店内でダイナマイト使用不可とおっしゃったので、我慢します。出来ればオレのこの学習能力も評価してほしいところです。ねえ、10代目!
 生憎、念力は届かなかった。
「なー、くいもんはどーするー?」
 スナック菓子の方から山本の声がして、10代目はそっちへかけていく。
 わざわざ遠出したこのコンビニは、この辺で一番菓子類の品揃えがいい、らしい。
「えーと、じゃあ、オレこれ!」
 ずらりと並んだ中から10代目が手に取ったのは星形のチョコスナック。
 ああ、10代目、なんでそんな甘いんだかしょっぱいんだかわからない駄菓子を……。
「そんならオレはこっちにすっかな。甘くないやつ。」
 山本が手を伸ばしたのは緑の牛柄のスナック菓子。
 確か前回食って、辛いんだかしょっぱいんだかわからなくて、うげっと思った記憶がある。おまけに油っこかったし。
 日本の菓子は美味いと聞いていたんだが、嘘だったんだろうか。
 しかもこいつ、日本の伝統料理スシ屋の息子だろ? こんな味覚でいーのかよ。信じらんねぇ。
「獄寺君はどれにする?」
「え? えーと、オレは……」
 正直スナック菓子は苦手だ。
 でもこの雰囲気、いらない、とは言いがたい。いや、言えない。10代目がオレに、どれにするかと聞いてくださったんだから!
 オレは素早く目を泳がせた。
「あ、オレ、あれにします。」
 視線の先に見つけたのはメンズポッキー。
 これなら手も汚れないし、あんま甘くねーし。
 棚の高いところに手を伸ばすオレを見て、なぜか10代目が笑った。
「……なんかマズイっスか?」
「ううん。獄寺君らしいなって思って。」
 ホラ、この前うまい棒食べた時さ。
 思い出した様に10代目はまたくすくすと笑う。
 うまい棒ってあれだよな。10円ぐらいの、中が空洞の棒菓子。
 あの時、なにかしたか? オレ。
「あの時、獄寺君わざわざ割って食べてたよね。」
「え? まじ? 獄寺、女子みてー。」
「なっ、……んだと! んなわけねーだろ、あれは、」
 あれは……しまった。もしかしてアレ、そのまんま齧るもんだったのか? げ、信じらんねー、何だよその食い方。
 つか、何笑ってんだよ山本てめぇっ!
 10代目はいーんだ。
 穏やかな微笑みです。慈愛とかそーゆーのに満ちてます。すてきです。でも。
 なんでてめーまで笑ってんだ山本!
「あっ、あれは元っから割れてたんだよ! だからしょーがねーから手でつまんで……」
 知らなかったんだからしょーがねーだろ! オレがハンバーガーとかヤキソバパンとか齧るところ見てるだろうが! 誰が女だ!
「でも獄寺君、あの後ティッシュで手拭いてたよね。」
「だ、だって教科書が汚れんじゃないスか!」
「あはは。うん、そーゆーことにしとこっか?」
「ちょ、10代目?」
 そーゆーことってどーゆーことですか!?
 確認して訂正したかったけれど、10代目はまるで聞く耳持たず。この件はおしまいとばかりに、オレの手から買い物カゴを取ってスタスタとレジの方に向かってしまう。
「……あ。」
 途中、アイスケースの前で立ち止まった。
「ねー、山本ー。アイスも買おうか? ガリガリ君の見た事ないのがある。」
「んー? あ、ほんとだ。リッチミルク? ははっ、オレこれにしよー。」
「オレはソーダでいいや。獄寺君はー?」
 聞かれて、ショーケースを覗き込む。
 スナック菓子もだが、アイスだって未だに何がどんな味なのか把握しきれていない。こいつら、商品名から内容物が類推できない上に、数が多すぎんだよ。
 ええと、あれはバニラのカップ。アーモンドのチョコバー。ゆずのシャーベットに、チョコモナカ……。モナカってあれだよな。ウェハースでアイスをくるんであるやつ。あとは……あ、雪見だいふくの見た事ないのがある。なんだ? ティラミス風味?
 雪見だいふくは結構好きだ。丸いし。ケーキみたいだし。フォークついてるし。
 丸くて、もちで、いかにも和菓子っぽくて奥ゆかしい。まるで10代目のようだ。だから結構好きだ。
 ……あ、しかもこれ、中に生チョコ入ってる……。
 オレの目は釘付けになった。が、同時に150円という価格が目に飛び込んできた。
 大問題だ。さっき10代目が手に取ったのは60円。
 大問題だ。
 固まってしまったオレをよそに、10代目ががらっとショーケースを開けた。そして、躊躇いなくオレが注視していたダークブラウンのパッケージを手に取った。ポイッとカゴに入れる。
「じゃ、獄寺君はコレね。」
「ぅえぁ?」
 思わず変な声が出た。なんでわかったんだろう。
「だって、獄寺君こーゆーの好きでしょ。丸くて小さめで、あと、ちょっと高そうで駄菓子っぽくないやつ。」
 ……流石っス10代目! ナイス推理!
 そこまでオレのこと見ていてくださるなんて、オレ感激です!
「つーか、獄寺の好みってわかりやすいのな。すぐ顔に出るし。あんだけじっと見てりゃあ、バレバレだって。」
 だから山本。なんでテメーまでわかったよーな顔して笑ってんだ!? 




 帰り道。
「とけちゃうし、歩きながら食べちゃおっか。」
「だな。」
 二人はばりばりとアイスの袋を開けた。歩きながら食べるのは少し抵抗があったが、ここは10代目に倣ってオレもアイスのパッケージを開ける。フォークを刺して、食べる。
 …………あ、なんかコレ、けっこーうまい…………。
 自然と足が遅くなる。前方と距離が開いていく。
「……獄寺君?」
「ハイ!」
 振り返られてしまった。
 オレとした事が。
 あわてて追いつく。
「すみません。なんでしょう、10代目!」
 10代目はじーっとオレを見て、それからオレの手元をちょっと見た。
 10代目のアイスはもう棒だけになっている。オレは、まだ一つ目を食べかけで、二つ目は手をつけずに残っている。その二つ目を、10代目はおずおずと指差した。
「……そっち、半分もらってもいい?」
 もちろん断れるはずがない。
 本当はとけるのを待っていたのだけれど、まあ、半分なら。
 いや、オレのものは全部すなわち10代目のもの。10代目の頼みとあれば、オレが断るはずがない。
「どうぞ、ご遠慮なく!」
「いいの?」
「もちろんス! 半分と言わず、全部どうぞ。」
「ありがと。でも、半分でいーよ。」
 奥ゆかしくそう言って、10代目は嬉しそうに笑う。そして、10代目は大胆にもアイスを直接手で掴んだ。
 ……え? もしかしてコレ、手で持って喰うべきだったのか?
 オレは悩む。10代目が雪見だいふくティラミス味(程よくとけかけ)をぱくりと半分食べる。オレは悩みながらも残り半分の行き先を横目で追う。
「あ、コレおいしー。」
 10代目が食べたのは、本当に半分だけだった。
 つーかむしろ半分よりちょっと少ないぐらいだ。なんというお心遣い。やっぱり10代目は素晴らしいお人だ!
「へー。獄寺、オレも喰っていい?」
 結論。やっぱり10代目は大胆かつ奥ゆかしくて素晴らしいお人だ!
 ……て。待て、山本! 今、なんつった?
 気がついたらアイスはとっくに山本の口の中に消えていた。
 オレの雪見だいふくティラミス味、程よくとけかけ、しかも10代目と半分こ……!
「てっ、てめー山本、おまえっ!!」
「え?」
「おまえっ! なんでオレの……!!」
「え、なに? 獄寺、お前これ喰いたかったの?」
 山本が驚いた顔でオレを見る。オレは山本を見上げる。口元はもう動いていない。
 オレの雪見だいふくティラミス味、程よくとけかけ、しかも10代目と半分こ、は、嚥下されたあとだった。
 あーくそ、見下ろしてんじゃねぇ! この無駄のっぽ! 余計に癇に障る!
「そーゆー問題じゃねえ!! てめーなんで他人の……!」
「あー、わるい、ごめんな。獄寺さっき、ツナに全部やるって言ってたから。てっきり。」
 バカが馬鹿みたいにぽかんとした顔でそう言った。
 言った、そりゃ確かに言ったけど!
「てめーには言ってねぇ!」
 あれは10代目だったから! だから差し上げたんだ!
 でなきゃ、誰がてめーなんかにやるか!
 ああ、オレの雪見だいふく(中略)10代目と半分こ!
「つかなんでオレがてめーにモノやったりしなきゃなんねーんだよ! ありえねえ!」
「だから、悪いって……あ、そっか、」
 山本が『ぽかん』から『へらっ』に表情を変える。
「獄寺、ヤキモチ。」
「っざけんなぁ!! 果てろ! つか、返せ!!」
「ご、獄寺君、そんな怒らないで。ね?」
 10代目が困った顔をオレに向けた。
 あなたにそんな顔をさせるのはオレとしても心が痛みます。でも、元はと言えば山本がオレの(中略)半分こを……。
 オレを見つめる10代目の眉が、ますます困った感じに曲がっていく。
 ああ、なんてお優しい人だ。ご自分は悪くないのに山本なんかの肩を持つからこんな心労を……。あ、やっぱ悪いのは山本じゃねーか!
 オレはギリリと山本を睨む。
 つか、なんでてめーはそーやってへらへら笑ってんだ。10代目がこんなに困っていらっしゃるのに!
「あっ、あのさ、獄寺君。ほら、オレにくれたんだから、山本にもあげたって思えばいいんじゃないかな。」
 10代目はそうおっしゃった。が、そのとき既にオレは決意していた。やっぱり一度山本は吹き飛ばすべきだ。
「思えません! あり得ないです!! そんな状況。」
「あ、あり得ないって、そんな……えーと、ほら、例えば。えっと……」
 10代目はこれ以上ないぐらいに眉をひそめ、ぐんにゃり曲げられた眉がそんな状況を絞り出した。
「ホラ、もうすぐバレンタイン、とか……」






08.02.13.
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