(1+1+1)÷2 個別強化プログラム開始一日目の夜の事。 ツナは半分眠りながら食事を取った。 メニューは……なんだっけ。覚えてない。 となりで山本もうつらうつらしてて、うん、味噌汁を倒しかけてあわてたんだ。それで、もう寝ろって言われて、部屋に帰ってきて…… ……あれ、獄寺君は、どうしてたっけ…… うー…… 眠いや。眠くって、思い出せない。いたら、絶対に喧嘩腰になるから、忘れるわけないんだけどな………… 今みたいに。 ううーっと眉間に力を入れて、ツナは無理矢理まぶたを開けた。 ツナがいるのは二段ベッドの上段だ。真下に見えるのは獄寺の銀髪。その向かいには山本が立っている。 なんでまた、獄寺君は怒ってるのかなぁ……、止めない、と、なー…… どうにか口を開けようとして、そこで、ぱたりとツナは力つきた。 「だ、か、ら!」 獄寺はいらいらと声を張り上げた。 「なんでてめーまでこっち来てんだよ! 山本!」 口調は、いつもよりさらに荒い。一日中姉と顔を突き合わせていたのだから、無理もない。 「えー? だってさー」 対する山本は、いつもよりさらに気の力が抜けた笑顔だ。 「ツナと獄寺が一緒の部屋で、オレだけ一人で隣の部屋ってさびしーじゃんっ。獄寺だけずるくねぇ?」 いや正確には、いつもよりテンションが高いかもしれない。一日中リボーンと超体育会系なプログラムをこなしたおかげで、脳内麻薬でも出ているのかもしれない。 「なに言ってんだよ! 狡いもなにも、てめー実際一日遅れて来たじゃねーかよ! 早いもん勝ちだ! それにお前、着替えも荷物もあっちだろ! だいたい、この状況でてめーがここに居座ってもめーわくなんだよ!」 「うわ、獄寺ひでぇ。そこまでゆーか?」 「ああ? んだよ、文句あんなら相手になんぜ?」 「まー、落ち着けって。ごくでらー」 山本は両手でひらひらと獄寺を宥め、(それは逆に獄寺のささくれだった神経を逆なでし、彼の額の青筋をいっそう深くさせただけだったが)そして確かめるように部屋を見渡した。 壁はコンクリート打ちっぱなし、天井にはダクトが丸見えの殺風景な部屋だ。ドア側の壁に簡素な机と椅子が置いてあり、反対の壁際にはこれまた簡素な作りの二段ベッドが備え付けられている。家具は、それでおしまいだ。 あとは、その二段ベッドの前に獄寺が仁王立ちで立ちはだかり、上の段では、ツナが柵に顎を乗せてうつらうつらしている。 「なあ、ツナー。」 山本は、獄寺をすっとばしてツナに声をかけた。ツナはゆるゆるーと頭を持ち上げる。ふぁ、とあくびを一つ漏らす。 体育会系でも負けん気が強いわけでもないツナは、ラルにしごかれ雲雀に殺されかけ、おまけにヘンなものまで見て、とっくにへっとへとなのだ。本当はもう、話す体力も残っていない。 「……うん、なに?」 「オレ布団持ってくっからさ、ここで寝ていい?」 山本は、自分の足元、ベッドと机の間の床を指した。 「なっ、なに言ってんだよ、テメー!?」 ツナより先に獄寺が大声を出した。 「いいわけねーだろ、邪魔くせ……」 それを、既に半分夢うつつなツナの声が遮る。 「オレは、いいよ。一緒寝よーよ。山本もさ。」 「なっ……! だって10代目!?」 「やりっ! んじゃ、すぐ戻ってくんなっ。」 獄寺の不平には耳も貸さず、山本は小走りに部屋を出ていった。よくまだそんな体力あるよなぁ、とツナは柵に凭れたまま感心する。ツナはもう瞼を開けているだけで精一杯だ。 「10代目ぇ……」 見上げて、獄寺がまだ不満そうな声を出す。 獄寺君も、すっかり元通りだなぁ。 あの時は二人とも……、死んじゃうんじゃないかと思ったけど。 安心すると、ますます瞼が重くなる。口も脳みそも同様。 「ごめ……オレ……ねむい…………」 呟くと、獄寺はしゅんとしたようにハイと言って、ゴソゴソとベッドに潜り込む音がした。 山本はすぐに布団一式を抱えて戻ってきた。慣れた手つきでそれを床に敷き、明かりを消して横になった。ちょうどベッドに平行に、下段の獄寺の隣といった具合だ。 「……床で寝るなんて信じらんねぇ。」 暗闇で、獄寺がぼやく。 「そうかあ? オレずっと畳に布団だから、どっちかってとベッドのほうが落ちつかないのな。落ちそうじゃん。」 「……おちねーよ、ばーか。」 「それにここんとこずっと一人で病室だったしさぁ、」 ふっと声のトーンが一段上がる。 「なんか、楽しくね? 修学旅行とか合宿みてぇ。」 あ、獄寺、修学旅行ってわかるか? 追加の疑問には答えず、獄寺は刺々とした声を出す。 「今、んな脳天気なこと言ってる場合かよ。体力余ってんなら新しい技でも考えやがれ。つか、」 寝返りを打つ音がして、獄寺の声がくぐもった。 「一人で寝るのはさびしいなんて、どんな育ち方してきてんだよ。ガキかっつの。」 会話が途切れて、暗闇に沈黙が下りる。どこか遠くで換気扇が回っている。ごうんごうんと風の音が聞こえる。それから、すぐ近くでがさごそという衣擦れの音。これはきっと、獄寺が布団に潜り込んだ音だ。 「…………獄寺だって、」 やがて、ぽつりと山本が呟いた。 「嫌がってんじゃん、一人で寝るの。」 「ああ?」 声が膨れ上がる。 ばさりと布団を跳ね飛ばす音がした。 「んだと、てめー……!」 ベッドの軋む音。獄寺が立ち上がる気配。それより先に……、 「ふたりとも、うるさい。」 場を制したのは、ツナの声だった。 「あ、わりぃ、ツナ。つい……」 山本の弁解も、ツナはまるで聞こえていないようだった。むくりと起き上がる。極度の疲労と睡魔からだろうか、暗闇でも、いつもと目付きが違うのがはっきりわかる。 「いーよ。二人が元気になったってことだろ。でも、」 ツナはベッドの柵に手をかけた。さらに片足もかける。 「おっ、おいツナ、」 山本が危ないぞと言う前に、フォローの手を差し延べる前に、ツナはトンッとベッドの二段目から飛び降りて、まるで危なげなく着地した。面食らう山本をよそに、ツナはすっくと立ち上がり、宣言する。 「二人、並べとくとうるさいから、オレ、ここで寝る。」 床、山本と獄寺の中間地点を指し示す。小柄なツナだからスペース的にはまったく問題ない。 「け、けどツナ、お前布団……」 ツナはじーっと山本を見た。そしてやおらベッドに向き直ると、二段目に向かって手を伸ばした。どうやら、掛け布団を取りたいらしい。が、届かない。背伸びしても、右手が空を切る。 「ほら、」 見兼ねて、山本は二段目から布団を引っ張り出し、ツナに手渡した。 「ん。ありがと。じゃ、おやすみ」 それだけ言うと、ツナは掛け布団一枚をくるくると体に巻き付け、そのまま床にころんと転がってしまった。 残された二人は、思わず顔を見合わせる。 「……えっと、じゃあ、獄寺も、おやすみ。」 「……おー……」 二人は口を閉じそれぞれ再び横になり、ああ、これでやっと眠れる、と、ツナは安心して目を閉じた。 やっと眠れる、はずだった。のに。 暗闇のなか、ツナは再びぱちりと目を開けた。 背中に、突き刺さるような視線を感じる。 普段なら、気付かなかったかもしれない。もしかしたら、いつも浴びていたのに気付かないでいたのかもしれない。ともかく、連日の修業で鋭敏になったツナの感覚は、背中に突き刺さる視線やらじりじりとした気配やらをはっきりと感じ取っていた。 ……しょーがないなぁ…… 眠気も吹き飛んでしまった。 ツナはころりと寝返りをうち、その視線の主へと向き直った。床から一段高いベッドの上、しかも拗ねたように奥の壁際に身を寄せているから、姿はちっとも見えない。なのに感じるこのオーラは、一体どういうことだろう。 ツナは自分の口元が緩むのを感じた。 「獄寺君、」 聞き耳でも立てていたんだろうか。いや、実際全神経をこちらに傾けていたのだろう。獄寺は飛び上がって驚いたような声を出した。 「はっ、はい! なんスか10代目!」 「眠れないなら、獄寺君もこっち降りて来たら?」 束の間の沈黙。その隙に振り返ると、やっぱり山本もまだ起きていた。いたずらそうな目で、ことの成り行きを見守っている。 二人とも、もう闇に目が慣れてしまったのだ。いや、正確には二人じゃなくて三人とも。でも、三人目だけは姿を隠してしどろもどろだった。 「い、いえっ! あのっでもっ! 10代目、そこ、狭いですし、オレは、こっちで十分です。」 『十分です。』 ベッドの上から床に雑魚寝している人に向かって、普通使うだろうか、そんな台詞。 まったく、素直じゃない。 「そんなこと言わずにさ。ほら、オレやっぱりこれ一枚じゃちょっと体痛いんだ。獄寺君、布団貸してよ。で、一緒に寝ようよ。大丈夫、ここもう一枚くらいなら布団敷けるし、二枚に三人ならそんなに狭くないよ。」 ね? 駄目押しすると、ついに獄寺は勢いよくがばりと身を起こした。 「失礼します!」 ベッドから飛び降りて、布団を引き剥がして床に敷く。 「どうぞ!10代目!」 そう言った獄寺本人は布団の隅に正座だ。 「ありがと。獄寺君も寝なよ。明日も、きっと散々しごかれるんだからさ。」 「……はい。」 ころんと横になったツナの隣で、獄寺もおずおずと体をのばす。 「ごくでらー、床で寝るとかありえねぇんじゃなかったの?」 ツナの向こうで、山本が笑う。 「……うっせぇよ。時と場合によるんだよ。」 「あーもー、喧嘩しないの。二人とも喋ってないで寝るよ? オレ、ホントに疲れてんだからね。」 ツナは二人の間で仰向けになった。決して、広いとは言えない。肩と肩がぶつかって、何となく、ツナは二人の手を取った。どちらの腕にも、まだ包帯が巻かれていて、ツナの肌をひりひりと擦った。 「……獄寺君、腕の傷は、もういいの?」 「もちっス! 前より調子いいぐらいっスよ。」 「……そっか。山本は?」 「オレも、もうばっちりだぜ。心配すんなって。」 「……うん……」 ツナは、二人と繋いだ手に力を込めた。離さないように、なくさないように、確かめるように、ちょっとずつ、つよくつよく、つよく…… 「……イッ……! あの10代目っ、ちょっ……!」 「ツナっ、悪い、タンマっ! つか、ギブギブ!」 案の定、二人は揃って悲鳴を上げた。 ほらみろ、ぜんぜん大丈夫じゃないじゃないか。 手の力を緩めて、でも離さないままで、くすくすとツナは笑った。 「オレ、謝んないよ? 嘘つきには、おしおき。」 目を閉じる。繋いだ手は、傷だらけでも、温かい。 さっきので最後の体力を使い果たしてしまったのだろうか。繋いだ手の確かさだけ残して、身体は眠りの淵に沈んでいく。 「……オレ、強くなるからね。」 小さな決意だけ、光る泡になって、ぷかりと浮かんでいく。 「強く、なるから。せめて、二人が、大丈夫じゃないときに、大丈夫じゃないって、いわせてみせるぐらいに……つよく……」 そうして、ツナは眠りに落ちた。 暗い部屋に、小さな寝息が一つだけ、時を刻んでいる。 「……獄寺、起きてる?」 小声で話し掛けられた。 ああ、やっぱりこいつも起きてたか。 獄寺は仰向けのまま答える。 「……この状況で寝れっかよ。」 「ははっ、だな。オレら、明日寝不足で死ぬかもな。」 「二週間も寝溜めしてんだ。一日くらいで死ぬか。馬鹿。」 「あ、それもそーだな。」 山本は、そこで一度言葉を切った。眠るためじゃない、次の言葉を選ぶための沈黙だったから、獄寺は何も言わずに山本を待ってみた。 「ほんっとに、差―つけられて、置いてかれちまったな。」 ぽつんと天井に吐き出された言葉はそれだった。 こいつは今更そんなことに気付くのか。じゃあやっぱり馬鹿だ。ザマーミロ。 「……オレは、最初っから勝ったと思ったことなんて無ぇよ。」 「……そか。」 山本がまた黙り込むのを聞きながら、獄寺はそっとツナと繋いだ手に力を込めた。 この件に関しては自分の方が先見の明がある。獄寺は山本を待つのをやめた。 「言っとくけど、てめーにはぜってー負けねぇからな。」 「獄寺。それ、こっちの台詞。」 反応は予想よりちょっとだけ早かった。 じゃあ山本も、反対側で、オレと同じように、この温かな手を握りしめているんだろうか。 獄寺は繋いだ手にさらに力を入れたくなった。できるなら、抱き寄せて奪い取ってしまいたかった。 でもそんなことをしたらこの人は目を覚ましてしまうかもしれない。それに、この人は片方にだけなんて望んでいない。だから獄寺、は繋いだ手が決して離れないように、指を組み直すことで我慢した。 もしかして、反対側でも同じことをしているのかも知れないと思いながら。 「もー話しかけんなよ。オレは、明日のために寝る。」 「眠れそう?」 「だから黙れっての。」 なぜかそこで、山本がくつくつと笑い出した。 「なー獄寺。やっぱオレ、明日っから隣の部屋で寝るな。」 「何だよ、急に。」 「いや、なんか……」 また、かすかに笑い声。 「ぜんっぜん寝付けねんだけど、オレの手、いま最強だから、当分一人でも無敵だなって。」 それは、こっちの台詞だ。 「ふっざけんな、オレの手のが強ぇよ。」 「あ、言ったな。じゃあ、全部終わったら勝負しよーぜ。」 「おー、受けてやらぁ。逃げんなよ。」 「逃げねーって。獄寺こそ忘れんなよ。」 『約束な。』 囁いて、今度こそ二人は同時に目を閉じた。 .08.03.28 back |