Comes to an Angel 01 「お誕生日おめでとうございます。10代目!」 10月14日、朝。 家を出たツナを出迎えたのは、真っ赤なバラの花束だった。しかも、両手で抱えるのがやっと、というくらい大きな。 そしてその視界を埋め尽くすように突き出された花束の向こうには、笑顔の獄寺がいた。咲き誇る花にも負けない、満面の笑みを咲かせている。 「これ、プレゼントっす! 受け取ってください、10代目!!」 「あ……うん、ありがと。獄寺君……」 制服の両腕に、ずしりと生花の重みがかかる。 (バラの花束……って。毎回毎回どこから持ってくるのかしらないけど、これ、一体何本あるんだろ。) 花束の影に隠れて、ツナは獄寺にバレないようこっそり苦笑いした。 今日はツナの誕生日である。いつもなら、何かプレゼントとかあるんじゃないかとそわそわ期待するところだが、今年は違った。ツナは期待にそわそわするのではなく、獄寺が何を持って現れるかと昨晩からずっとハラハラしていた。 (まあ、花束を朝っぱらから、で良かったよ。こんなの学校で渡されてたらどうしようもなかったし……) さっき出てきたばかりの家に取って返し、奈々に花束を預けて、改めて、ツナは獄寺と学校に向かう。 自然と話題は誕生日のことになった。……正確には、獄寺がほのめかす『サプライズプレゼント予告』に、ツナが適当に相槌を入れるという状態になった。 まるで餅つきでもしている気分である。ツナは五分と保たなかった。 仕掛けが見えている下手な手品にいちいち驚いてみせなくてはいけないのだ。気付いていないフリをするにも限界がある。ツナは、タイミングを見計らって話題をすり替えることにした。 「へえ、そーなんだ。あ、そういえばさっ……えっと。 ごくでらくんの誕生日って、いつだっけ?」 一瞬、会話が途切れた。 獄寺の顔からきょとんと表情が消え去って、一呼吸のあと、思い出したように元通りの笑顔になる。獄寺は再び一気にまくしたてた。 「9月9日です。揃ろ目なんスよ! あ、あと、ロールケーキの日なんだそうです。数字の9が、横から見るとロールケーキみてーだからって。」 「へ、へー……」 ツナは気のない相槌をうち、しばらくして、はたと気が付いた。 「って、9月ってもう過ぎてるじゃん! 言ってくれれば良かったのに。」 「すっ……すみません! 10代目! 気が付かなくて……」 びくんと獄寺が肩を竦めた。申し訳なさそうに片手を頭にやる。 胸中でツッコミを入れたあとで、そもそも気付かなかった自分がなんで偉そうに棚に上げてるんだろう、とツナは気が付いた。 自分と獄寺の間では、よくある逆転現象である。ツナはまだ、この風変わりな友人とどう接したらいいのかわからないでいた。『調子が狂う』どころか、どこを目指せば正しい調子があるのかもわからない。 ……なにしてたっけ、9月9日。 ツナはぼんやり秋晴れの空を見上げる。 9月9日なら、夏休みが終わって一週間ちょっとたったころだ。 最後の提出物、技術家庭の自主研究は5日が提出日で、これに限ってはツナより獄寺のほうが悲惨な有様だったので、二人してツナの部屋にカンヅメになった。結構ヒドい目にあった。あんまり思い出したくない思い出だ。 でもそれも終わって、9日は、普通の一日だったはずだ。 なんだか納得のいかない気持ちで隣に目を遣ると、獄寺は半歩後ろに下がって、案の定、まだ自分の方がわるいことをしたようにしゅんと小さくなっていた。 「……来年は、ちゃんと覚えておくから。」 ツナは、これで獄寺の機嫌を治したつもりだった。 「……来年……っすか。」 獄寺は、嬉しそうな顔をしなかった。どころか、がっかりしたような覇気のない声が返ってきた。ツナは唇を尖らせる。 「過ぎちゃったんだから、次は来年。しかたないだろ。」 「……そうっすね。来年……」 獄寺の口調はどこか虚ろだ。眉根を寄せて、思案顔になる。やがて、俯きがちに前を向いたまま、ぽつりと口を開いた。 「10代目、来週じゃダメっすか? いや、来週じゃなくても……そうだ、次の日曜!」 何を言ってるんだろうとツナは足を止め、斜め上を見上げる。獄寺は大真面目にツナを見詰めていた。 「次の日曜じゃだめですか? なにか、ご予定おありですか? 10代目。」 「日曜って、明後日? 空いてるけど……でもそんな急がなくっても。明後日じゃ、プレゼントも用意できないし……」 『ぷれぜんと』 獄寺が呟いた。初めて聞いた言葉を繰り返すような、たどたどしい口調で。そして次の瞬間バレンタインの女子みたいに真っ赤になった。 「そっそんな! 滅相もないです勿体ないっス10代目! そんな、オレなんかに気を使って頂かなくても……っ」 いつものことながら、大袈裟だ。もったいなくも滅相なくもないのに。 「けど獄寺君。もらってばっかりじゃこっちが落ち着かないよ。」 「え? もっ、申し訳ありません。10代目、まさかご迷惑でしたか?」 「いや、そうじゃなくて……」 言いかけて、ツナは次の言葉を見失った。どう言えば理解してくれるんだろう。本当に、どこに話を持っていけば調子が合うのか、さっぱりわからない。 傍らでは、獄寺も迷子の犬みたいに途方にくれた顔をしている。しばらくそうしていて、やがて、ぐしゃぐしゃっと片手で耳の後ろ辺りの髪を掻くと(本当に犬みたいだ)、獄寺は意を決したように「あのっ」と顔を上げた。 「10代目。あのオレ、来年まで覚えてて頂くより、明後日、10代目と一緒にいられる方がいいです。プレゼントなんかいりません。10代目といられれば、それがオレの一番嬉しいことです。」 ツナは思ったけれど、生憎ツナは女の子ではなかったので、獄寺の情熱的な告白に心が揺らいだりはしなかったし、もちろん恋に落ちたりもしなかった。むしろ、ひどくむっとしていた。 「……わかった。今年の分は日曜に、それから来年の誕生日は9月9日に。それでいいね、獄寺君。」 正体不明のイライラを飲み込んで、ツナがそう告げると、獄寺はまるで気付いていない様に、嬉しそうにハイと答えた。 「ならなおさら、今日は右腕のオレが10代目に……っと、あ、あーなんでもないっス!気にしないでくださいね、10代目。 あ! そうだ10代目ご存知っスか、購買の10月の新商品! 秋なんでたぬきうどんパンと月見そばパンなんすよ!」 『食ってみたいっすよねー。すぐ売り切れちまうらしいんすけど。』 再びちらちらとツナの顔色を窺いながら、獄寺の声は本当に楽しそうに弾んでいる。祝われる当人より嬉しそうだなんて、これじゃどっちの誕生日かわからない。 うきうきしている獄寺に適当に相槌を打ちながら、ツナは、今日の昼ご飯は覚悟しておいた方が良さそうだとこっそりため息をついた。 Next 02 10.10.17. back |
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