おもちゃ。04



「10代目、」
ボトルの口を見つめたまま、獄寺が呟いた。
「……ん?」
「ちょっと、こっち来て頂いてもいいですか?」
「うん。」

ツナは膝立ちで獄寺に歩み寄り、隣に腰を下ろした。
『でもやっぱり、』と、傍らで獄寺が呟く。
そして、ツナに向き直る。

「10代目は、飲んじゃ駄目ですからね。」

なんのこと、とツナが言う前に、
獄寺は一口水を口に含み、ツナに顔を寄せた。
顔を傾けてキスされる。
そこから、水を送り込まれる。
全部をツナに注ぎ込んで、獄寺は唇を離した。

「口、ゆすいでくださいって言ったじゃないスか、オレ。
 10代目は、その水、飲み込んじゃ駄目ですからね。」

今度は逆に、獄寺が下になる形で唇を重ねる。

(いいのかな、こんなの……。
 こんな一方的なの。)

躊躇ったものの、結局言われるままに、ツナは唇を緩めた。
生温い苦い水が獄寺に流れていく。
獄寺は満足そうにそれを飲み干し、
もう一度、新しい水で同じ事を繰り返した。
ツナは本当に、ほんのちょっとも、その水は飲まなかった。
かわりに、質問を一つ、飲み込み続けていた。

(ねぇなんで、オレは飲んじゃ駄目なの。
 なんで獄寺君はよくてオレは駄目なの?)

いつもいつもその疑問に辿り着いてしまうから、
今日は自分がひどい事をしたから、
きっと、獄寺を困らせるだけだから、
ツナは必死でその疑問を飲み込んでいた。
必死で飲み込んでも、獄寺の顔を見ていたら
いつか溢れ出てしまいそうで、どうしようもなくて
獄寺の首に腕を回して無理矢理引き寄せた。

「10代目?」
「……ごめん、黙ってて。」

柔らかく言いたかったのに、出来なかった。
ああそうだ。ごめんなさいも、まだ言っていない。
あんな苦しそうな事させてしまったのに。
それとも、あんなにずっと平気だと繰り返していたのは、
本当に平気だと言う確証があったんだろうか。

やっぱり、獄寺君はこういうの使った事があるのかな。
それとも、10代目の右腕として、
何でもないふりをしてたんだろうか。

(獄寺君は、わかんない事ばっかりだ。)

なんで、獄寺君はこんなにオレのことばっかりなんだろう。
どうしてオレは、獄寺君を放っておけないんだろう。

「じゅーだいめ。」

一回り背の高い彼が、ツナの肩口に額を乗せて、
まるで縋るようにしがみついて、ぽつりと呟いた。

「すみません。心配おかけして。」
「獄寺君が、謝る事ないよ。オレが、調子のって、変な事言ったから。」
「……それは、違います。オレが悪いんです。」

顔は埋められたままだったけれど、ツナに縋り付いたままだったけれど、
獄寺の言葉ははっきりしていた。

「わかってるんです。頭では、出したほうがいいんだって。
 オレのカン違いでなきゃ、
 オレが欲しいみたいに、きっと、10代目もオレが欲しいんだって。
 10代目も、それを望んでるって。
 でも、どうしても、出来なくて。
 オレだって、出しちまいたいのに。
 お互い、つらいだけなのに。
 オレは、10代目にそんな思い、させたくないのに。
 なのに、どーしても、できなくて……」

獄寺は、一度言葉を区切って、深い深い溜息をついた。
そんなに吐いたら、彼の身体が空っぽになって、
消えてしまうんじゃないかというぐらいに、深い溜息を。

「あれは、10代目が悪いんじゃないんです。
 本当は、イキたいのに、自分じゃあ、どうしようもなくて。
 10代目なんだって思ったら、どうしても、できなくて。
 だからいっそ、あんなんでも突っ込めば、イケるかなって。
 だから、あれは、オレが、悪いんです。」

『ごめんなさい。』
消え入りそうな声で、獄寺は呟いた。
長い骨張った腕がツナの肩をきつく抱きしめた。
ツナよりもずっと大きな手が、ぎゅうとツナのシャツの背中を握りしめていた。

「……謝らないでよ。」
「でも、10代目、オレ……」
「謝らないで。
 獄寺君は、何にも、悪い事してないだろ?
 オレの方こそ、気付かないで、無理させて、ごめん。」

ごめん。
繰り返して、ツナは、獄寺の背中を撫でた。
ごめん、ごめんね、獄寺君、ごめん。

「……そんな、10代目だけ……」

ぽつりと、獄寺が呟いた。

「10代目だって、不公平です。
 オレは謝っちゃ駄目なのに、10代目はいいなんて。」
「あ……はは。そーだね。じゃあ……」

『このまましばらく、二人でじっとしてようか?』
獄寺の答えはなかった。
代わりに、ツナの肩に載せられた顎が頷くように小さく上下した。
小さな動物みたいに、冷たい鼻先が擦り寄せられて、くすぐったかった。
ツナは獄寺の背をそっと撫で続けた。
ゆっくりと、ツナの背に回された手が、脱力していく。
獄寺の背から力が抜けて、肩にかかるぬくもりが、大きくなっていく。





どれぐらいそうしていただろう。
「……じゅーだいめ、」
消え入りそうな小さな声で、獄寺がを呼んだ。
「なあに?」
ふたたび、きゅ、と、背中にまわされた獄寺の腕に力が籠る。
「10代目。あの、ホントは、オレ、」
声はどんどん小さくなる。
ツナはただ、じっと獄寺の言葉に耳を傾けていた。
抱きしめて、ただずっと待っていた。
言葉より先に肩に、ぽたりとあたたかな雫がおちた。
そして、獄寺は絞り出すように、震える声を吐き出した。

『ほんとは、すっげぇ、気持ち悪かった。』

抱きしめた胸が、かたかたと震えていた。

「気持ち悪かったんです。
 ヘンでしょう?
 あんなの、ただのプラスチックの棒なのに。
 自分でやったのに。
 今更、あんなのでオレの身体に傷がつくわけないのに、
 なのに、なんで……」

ツナは、なにも答えられなかった。
背中に腕を回して、抱きしめて、これ以上オレに何が出来るだろう。

(何か、出来たらいいのに。
 何か、出来る事を見つけられたらいいのに。)

「……だから、10代目。お願いしてもいいですか?」
「オレに出来る事なら、何でも。」

獄寺は、まるで泣きそうな顔で、ツナに笑いかけた。

「オレも、もっかい言いますね。
 オレも10代目のが好きです。
 あんなんじゃなくて、10代目のが欲しいです。
 ……つづき、しちゃ、駄目っスか?」

目の前に、まだ少し涙目の、照れたような獄寺の笑顔があって、
ツナはNoなんてもちろん言えなくて、
でも恥ずかしくてYesとも言えなくて、だから、代わりに、
ゆっくりとキスをして、彼の身体をベッドに押し倒した。





おしまい。
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.08.03.15