What 'bout?



記憶力はいいほうだ。
とりわけ、10代目に言ったことなら絶対に忘れない自信がある。それがどんな状況であろうとどんな言葉だろうと。例えば、昨夜何回『もっと』と口にしたか、とか。
(あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁ)
頭から布を被って、その下でさらに頭を抱える。
(なに口走ってんだよ昨日のオレは!)
しかも本心なんだからタチが悪い。『何を?』なんて聞かれなかったのがせめてもの救いだ。
(……もっと、何?)
答えは明確。
抱かれたいとか愛されたいとかそんな穏やかなものではなく、もっと……
(侵されたい)
できないならせめて、内側から食い荒らして踏みにじって立ち去ってほしい。
(嘘じゃない)
本当に、心のそこから。
疑うなら、この身体を引き裂いてみせよう。
こんなタンパク質の塊の、どこに心があるかなんて知らない。でも、あるはずだ。
こんなに強く思うのだから、胸が傷むほどに思うのだから、この皮膚の内側、胸郭の奥、心臓の裏側か気管支の根本か、さもなきゃ脳髄の先端か、きっとどこかにある。
(抜き取ったら、死んじまうようなトコにあんだろうな)
こんなに強く思うのだから、そのぐらいのところになくては困る。
(で、オレの場合はタバコの灰でまっくろ、と)
そんなもの、受け取ってなどくれないだろう。そもそも、あの人が欲しがったり疑ったりするはずがない。でも、
(証明したい)
見てほしい。わかってほしい。
だからどうか、この身体の内側にその手を差し込んで、肋骨の内側の奥深く、息の根も止まるような場所にあるはずだから、動脈を辿っていけば指先に触れるはずだから、どうかその手に掬いあげてほしい。
掬いあげて、確かに在った、そう言って、できるなら微笑ってほしい。そうすれば、あとは……
(あとは、どーでもいーや)
受け取ってなんて言わない。飲み干してくれなんて思わない。置き去りに棄てられても構わない。きっと、満足するのだろう。その時初めて。
この思いの存在を証明したい。どうか、探り当ててください。
(つか、見たいのは、オレの方なのかもな)



胸に手を当てた。
冷たい肌の内側には、自分では触れないけれど、あの人なら。
臍の下から、這い上がってくる手を想像する。
それは、やさしいけれどひどく狂暴なもの。
脊椎をよじ登って、肋骨に、ひとつ、ふたつ、指をかけて、のぼる……。

「あ、」

声が洩れて、思わず口を塞いだ。
吐息で掌が濡れる。

「……ん、く」

息を呑む。
肺を満たした外気はやけに冷たくて、目が醒める。けれど、冷たく膨らんだ肺のすぐ下に、その人の感触が、かえってくっきりと浮かび上がる。
変な話だ。
自分の内側は触れないのに、自分の内側のその人の輪郭は、こんなにもはっきり、なぞることができる…………



(…………………………ね。)
……死ね。果てろ、消えろ、吹き飛べ灰になれ、つかやっぱ死ね!
思い付く限りの罵詈雑言をこの馬鹿に。そうしたらいくらなんでも思い直したり反省したりしないだろうか。
オレは男だ。もちろん10代目も男で、ましてオレはマフィアでやがては10代目の右腕になる男で、それが。
(抱かれてよがってる場合じゃねーだろ!挙句、あほか馬鹿かやっぱ死ね!)
気がつくと、ぜえぜえと荒い息を吐いていた。耳が熱い。どころか体中熱い。
(ああったく、アホか!)
ばさっと頭から被っていた布をはねのけた。
朝だ。
素晴らしく清々しい朝だってのに、なにやってんだオレは。
(何って……)
とりあえず、証人の枕を蹴り飛ばした。

何って、
しょーがねーじゃん。惚れてんだから。




08.08.03.
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