イタリアのクリスマスは日本ともアメリカとも違って魔女もくるんだそうです。という訳でメモがてら。 情報元。http://en.wikipedia.org/wiki/La_Befana(8/23) いらない、子供たち 「ねーツナぁ。べふぁあなはー?」 「……はい?」 1月6日お昼前。こたつでぬくぬくしていたツナにランボが不服そうに言った。 「べふぁあなのプレゼントは? ランボさんいい子にしてたのになんでーっ!?」 いや、さっぱりわからない。 ツナは、まーたランボが訳わかんないこと言ってるなぁ、と、まともに取り合わなかった。 「ねぇ、べふぁーな!」 「ランボ、」 繰り返される訴えを遮ったのは、フゥ太だった。 「ベファーナは日本には来ないんだよ。」 「なんで?」 「なんでって……。そうなの。」 「サンタはきたよ、なんでー?」 「……もー。えっと、だからサンタはさ。ほらトナカイだけど、ベファーナはホウキだから。遠くは無理なんだよ。」 「ぶ、ぐ。うー……、いいもんね! ランボさんもう知らない!」 で、ランボは怒った顔でどっかに走り去ってしまった。 「……フゥ太。今の、なに?」 「あ、そっか。ツナ兄は知らないよね。 ベファーナって言うのはお婆さんの魔女でね、 ホウキに乗って、1月5日の夜に煙突から入ってきて、子供にお菓子を配るんだ。 子供は暖炉に靴下を吊るしておくんだよ。 それで、1月6日の朝、靴下に、いい子だったらお菓子で悪い子だったら炭が入ってるんだって。」 「へえ、初めて聞いた。イタリアの行事?」 「うん。クリスマスの締めくくりだよ。日本にはないよね。」 いろいろあるんだなー、そーだよな、みんな鏡餅見てびっくりしてたしなー。 と、ツナはぼーっとフゥ太の説明を聞いていた。 が、ふと、最近イタリアからは殺し屋だの暗殺者だの常識はずれの奴しかやってこないことを思い出した。 急に不安になる。 「……まさか、そのヒト実在しないよな。うちに来たりしないよな。」 まさかぁ、と、フゥ太は笑った。 「言い伝えだよ。東方の三賢者……えっと、キリストが生まれたときにお祝いを言いに来た人達だよ。 それが、キリストに会いにいく途中ベファーナに一晩宿を借りて、 それから一緒に行かないかって誘ったんだけどベファーナは断って、でもその後思い直して、 ベファーナはたくさんお祝いを持ってキリストを探しに行ったんだって。 それが始まりで、ベファーナは今もその子を探していろんな家を飛び回っています、っていうお話。 本当は、ベファーナなんていないんだ。大人がお菓子を買って、こっそり夜のうちに子供の靴下に入れてるんだよ。」 「なんだ、サンタと一緒か。」 「うん。」 安心したツナはこたつのみかんに手を伸ばした。 フゥ太はランボが出て行ったドアの方を見ていた。 「ランボは、ベファーナのプレゼント、もらったことあるんだね。」 フゥ太の背は、小さいけれど真っ直ぐに伸びていた。 こたつに向かって正座して、頬杖もつかずに、まっすぐに。 「……フゥ太、みかん、半分食う?」 「うん!」 フゥ太にはきれいに剥けた方をあげよう、と、ツナは思った。 ◇ 「ああ、ベファーナの日か。そーいや今日だったな。」 チャイムが鳴って、玄関を開けたら獄寺がランボをぶら下げて立っていた。 「そーか、それでコイツ菓子よこせってうるさかったんスね。」 なんでも、道でばったり出くわしたらしい。沢田家から徒歩10歩程度のところで。 (てことは獄寺君てば、また用もないのにウチに来ようとしてたな。) しかも用がないから声がかけられずに家のあたりうろうろしてたんだろう。 玄関でランボを受け取りながらツナは思う。 あ、獄寺君鼻の頭赤いや。どれだけ外にいたんだか。 「折角だし、獄寺君あがっていけば? ビアンキなら母さんたちと一緒に正月バーゲン。今ウチにいないよ。」 ぱあ、と、獄寺の顔が輝く。 「じゃあ、お邪魔します!」 「ねぇ。ごくでら、ベファー……」 「テメーは炭でも食ってろ。」 「むー!ごくでらのアホー!! ばかぁ!あほで、ぎゅぷ!」 最後のはランボが獄寺君に踏まれた音。 あーあ。さっきまで静かな正月だったのに。 ほんのちょっとツナは後悔する。 「やっぱり、獄寺君も知ってるんだ。」 「ええまあ。……でも、」 一瞬間があって、ツナは聞いちゃまずかったかな、と思う。 だって、獄寺君もマフィアだ。何かあるのかもしれない。 「でもウチ、暖炉が使ってるやつだけで5つあって、どれに靴下吊るすか毎年姉貴と揉めて、」 (って、全然違うし!! なんだそのほのぼの!) 「それで、あんまいい思い出ないんスよね。」 短い廊下を歩きながら獄寺が言う。 当然、沢田家には暖炉なんてない、一つもない。 どんな家に住んでたんだ、あんたら、と、ツナは獄寺を見る。 (ていうか、ビアンキと普通の姉弟だったころもあったんだな。) 想像もつかない。 「揉めたって、ダイナマイトとポイズンクッキングでケンカ?」 「いえ、実際に手ェ出したことはないっスよ。……うちの親はどっちも姉貴の味方だったんで。」 「ああ、レディーファーストって奴?」 間があった。 獄寺がかじかんだ指でマフラーを引き掴む。 それから、首元に潜り込んでいた冷気を振り落とすように、乱暴にその布をほどいた。 「…………まあ、そんなとこです。」 ◇ 「ハヤト兄! いらっしゃい!」 フゥ太がこたつから立ち上がるより速く、 「フゥ太あぁぁぁああああ!!!」 ランボがフゥ太に泣きついた。 「フゥ太ぁ、ランボさんあほ寺に蹴られたぁぁああああ!!!」 「お帰り、ランボ。ベファーナには会えた?」 「ぴぎゃああああああ!」 わあわあ喚くランボをフゥ太は慣れた手つきで宥める。 「なんか、すっかり馴染んでんな、お前。ここは10代目のお宅だぞ。」 「へへー。」 フゥ太は嬉しそうに、ちょっとだけ得意気に笑った。 「そうだ、ランボ。みかんむいてあげようか?」 「ランボさんみかんよりベファーナのおかしがいいー!!」 「来るわけねーだろ、アホ牛。あれはイタリアの母なんだから。」 「イタリアの母?」 聞き慣れない単語をツナが聞き返す。 「あれ? フゥ太は魔女だって……」 「ああ、言い伝えだから諸説あるんスよ。」 (うわあ、獄寺君の得意ジャンル来ちゃった……!!) しまった、とツナは思ったけれど、予想に反して獄寺のテンションは上がらなかった。 目を伏せたまま彼は言う。 「あるところにベファーナと言う女がいました。 彼女は一人息子をとてもとても愛していましたが、ある日その子は死んでしまい、悲しみに暮れる彼女はついに気が狂ってしまいました。 気の触れた女はやがて神の幼子の誕生の噂を聞き付け、それを自分の息子と思い込み、たくさんの贈り物を持ってその子に会いに行きます。 幼い神の子はその贈り物を大変喜び、見返りに、哀れな女をイタリア中の子の母としてくれました。」 すらすらと淀みなく語る姿に、ツナは妙な違和感を覚えた。 「……っていう話っス、10代目!」 (気のせい、かな?) 顔を上げた獄寺は、いつも通り、ツナの反応を待って目を輝かせている。 「……へえ。」 そして期待に添えなくて申し訳ないけれど、ツナにはそれ以上の感想はなかった。 (つーか、イタリアってけっこーグロいな。) 「ねえ、なんかそれってさ、」 ランボを適当にあしらいながら、二人を見上げてフゥ太が言った。 「奈々ママンみたいだね。」 「はあ?」 獄寺が目を剥く。 「あほか! 10代目のお母様を気違い女と一緒にすんな。」 「じゃ、なくて。みんなのお母さんってところ。」 じいっとフゥ太は獄寺を見上げる。 獄寺は気勢をそがれて目を逸らし、お邪魔しますと呟いてこたつに潜り込んだ。 「ねー、おかしー!! ランボさんおかし食べたい。キャンディ、チョコ、マシュマロ、クッキー!!」 「あー、はいはいわかりました。結局お前は甘いもの食べたいだけなんだろ。」 ツナはため息をつく。 「獄寺君、携帯貸してくれる? ビアンキの携帯の番号わかるよね。一緒にいるはずだから、帰りに母さんになんか買って来てもらおう。」 「あ、はい。」 獄寺が携帯を取り出す。アドレス帳からビアンキを呼び出して、ご丁寧にボディを袖口で拭ってからツナに差し出す。 「ありがと。で、ランボ、お前なにがいいの? 一個だけだぞ。」 「えーっとね、えーっとね、ランボさんアメー!!」 「って、結局それかよ。フゥ太は?」 「えっと、僕、チョコレート。いちごの、三角の。」 「ああ、あれか。獄寺君は?」 「へ?」 「え? いらない? お菓子。」 「いや、オレは……」 獄寺は口ごもった。 「オレは、いいです。姉貴と顔会わせると面倒なんで、今日は帰りますから。」 「いらないの?」 「……はい、お気持ちだけで十分っス。」 「あーっ! ごくでら、うそつきなんだもんねー!!」 ガハハと急に元気になったのはもちろんランボだ。 「ベファーナのお菓子は悪い子はもらえないんだもんね! ごくでら悪い子だからもらえないんだ、やーい!」 「てめーはすっこんでろ。」 「ぴぎゃ!」 再びランボは沈められる。 「もらう権利がねーのはよっぽどてめーのほうだろが。このクソうぜーアホ牛め。」 「うっさい、アホでらー!!」 「あ、はは……」 ツナが乾いた笑いを漏らす。 (どっちもどっちなんだけどなあ。) 目線で同意を求めると、フゥ太はくすくす笑いながら二人の乱闘を見ていた。 で、やっぱり、 「フゥ太あぁああ!!!」 「けっ、オレに楯突こうなんざ100万年はえぇんだよ。」 ランボはフゥ太に泣きつく。 獄寺がまるで大人げない勝利宣言をする。 (いや絶対、このヒトが一番子供なんじゃないかな。) 「獄寺君、本当におかしいらない?」 「はい。オレは……。あ、」 何か思いついたように、獄寺はツナから目をはずした。 「フゥ太。お前、なんかもう一個欲しいものあるか?」 「え?」 フゥ太は驚いたように顔を上げる。 膝の上のランボから、獄寺に視線を転じたけれど、そのときにはもう獄寺はツナの方に向き直っていた。 「10代目、オレの権利フゥ太に譲ってもいいっすか?」 「あーっ!! フゥ太ばっかずるい、ランボさんはー?」 「てめーは一個もらえるだけでもありがたいと思え。」 「なんでー!! ランボさんも、もう一個ほしいー!!」 「ふーざけんな。本当ならてめーなんざゼロだ。いい子じゃなきゃもらえねーんだよ。」 「ムキィ! ランボさんいい子だもんね! 悪い子じゃないもんね!!」 「おい、フゥ太、」 もじゃもじゃ頭を小突きながら獄寺が言った。 「お前の分だからな。ぜってーこのアホ牛には渡すなよ。」 「ごくでらのアホー!! ケチー!!」 ランボが騒ぐので、獄寺はツナとランボの方ばかり見ているので、フゥ太はいつありがとうと言えばいいのかわからなかった。 ◇ 数時間後、戦利品とお菓子を抱えて奈々たちが帰宅した。 ビアンキと顔を合わせないように獄寺は早々に退出していたので、あら残念、と奈々は言った。 「ご飯食べて行けばよかったのに。」 「うん、オレもそう思ったんだけど。」 獄寺には、頑に断られてしまったのだ。 「なあリボーン。まさか今日ってまたボンゴレ式なんとか……とか、そういうへんな掟はないよな。」 「ねーぞ。」 断言したのでツナはちょっと驚いた。 「一応宗教行事だからな、面倒くせぇんだ。せっかくおもしろそーな日なのにな。」 付け足された言葉は少なからず忌々しげだったので、ツナはますます『へぇ』と感心した。 いろいろあるもんなんだな。さすがイタリア。 「じゃあ、ビアンキが昔へんなもの食べさせたとか。」 「失礼ね。私の作るものはいつだって完璧よ。」 「……完璧にお腹が痛くなるクッキーを食べさせたとか。」 「ベファーナの贈り物にまで手を出したりはしてないわ。」 「じゃあ…………。なんでだろ。」 獄寺は、本当に帰ってしまった。 いつもなら、獄寺はビアンキと鉢合わせるぎりぎりまで居座ろうとする。 なのに今日は、奈々から今から帰ると連絡があった途端立ち上がって帰ってしまった。 あまり潔かったので、面食らったツナの方が玄関で引き止めてしまったぐらいだ。 「…………なんだったのかなあ。」 リビングではランボが無心に飴をなめている。 その隣で、フゥ太がクマの形のビスケットを食べている。 (子供って、お菓子食べてるときは静かだよな。) 「フゥ太、それおいしい?」 「うん。」 「一個わけて?」 「え?」 フゥ太は一度瞬きした。 左手のビスケットの袋が、強く掴まれてくしゃと音を立てた。 「冗談。でも、食べ過ぎるなよ。ご飯食べられなくなるぞ。」 「うん、大丈夫。ちゃんとママンのご飯も食べるよ。」 にこっと笑って、フゥ太はもう一つビスケットを口に運んだ。 サクサクと食べて、飲み込む。 フゥ太の白い細い喉が動くのを見ながら、なんとなく、ツナは獄寺の首に巻かれたマフラーのことを思い出した。 それは、ぐるぐると厳重に巻き付けられていた。 獄寺はもう帰るのだから当たり前なのだけれど、外は寒いから、当たり前なんだけれど、ツナはそのぐるぐる巻きにされたマフラーがひどく落ち着かなかった。 あんまり落ち着かないので、呼び止めて巻き直してやろうかと思った。 それはきっと獄寺が、いつもはなんだかんだ理由をつけてなかなか出て行かないくせに、今日に限っててきぱきとマフラーを巻いてスニーカーを履いて、お邪魔しましたと出て行こうとしたせいだ。 なんだか気に入らなくて、落ち着かなくて、ツナは「獄寺君、」と、呼び止めた。 いつもと立場が逆だった。 なんですか、と玄関のノブに手をかけたまま獄寺は振り向いた。 そうやって一歩離れて見ると、マフラーはとてもきれいなひだを作っていて、ツナが手を出す隙なんて無いように思えた。 不器用なツナが巻き直したら、あの完璧な形は崩れて目も当てられない有様になるだろう。 だから、ツナはしどろもどろになって、忘れ物はない? なんて誤魔化して、獄寺の方に伸ばしかけていた手を引っ込めてしまった。 (やっぱ、巻き直してやればよかった。) 目に焼き付いたぐるぐる巻きは、今はもうツナ自身の首に巻き付いているようで、なんだか息苦しかった。 (無理矢理巻いてるみたいに見えたんだよな。) あんなもの、もうはずしていればいいとツナは思った。 けれど、それと同じぐらい強く、まだ獄寺はそれをほどいていないだろうと確信していた。 獄寺は、まだどこか外を一人で歩いているんだろう。 それとも、もう家に帰っただろうか。 (でも、帰っても、きっとひとりだ。) 誰もいなかった家は寒い。 そのぐらいは、ツナでも知ってる。 (やっぱあのマフラー、ほどいてやればよかった。) テーブルに突っ伏したら、何やってんだとリボーンが言った。 「さっきから辛気くせぇ顔しやがって。」 「してないよ、そんなの。」 起き上がって頬杖をつく。唇を尖らせる。 断じて、辛気くさい顔などしていない。 「……ただ、ちょっと遠いなって、思ってさ。」 飴を舐め終えたランボが、フゥ太にビスケットをねだり始めた。 「あーもう。やっぱりこれだ。」 ため息一つ吐いてツナは立ち上がる。 獄寺君はなんであんなこと言ったんだろう。 ほんと、厄介事の種しか残して行かないんだから。 「こら、ランボ。それはフゥ太のだろ。」 でもとりあえず、今は、オレは、これを守ってあげなくちゃ。 08.08.23. back |
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