Shooting Starter 「流れ星が来てるんだって。流れ星ってさ、遠くからでも見えるよね?」 高校二年の秋。 学校から帰って来たオレは、テキストを詰めた鞄を降ろすより前に、庭で爆発騒ぎを起こしていたどっかのヒットマン達の後始末に追われていた。 毛糸の手袋と両手に炎。本気出すならついでにマント。うわあ、まるで秋風吹く最中、庭で落ち葉と一緒に雑魚マフィアさんをお片付けするのにうってつけ。 冗談じゃない。勘弁して欲しい。オレはマフィア追っ払い用の竹箒じゃないんだ。 ばいばいきんだかヤなかんじだか知らないけど、負け台詞を吐きながら雑魚マフィアは枯れ葉よろしく飛んでいく。放物線を秋の青空に見送って、額に滲んだ汗を拭う。 本当、マジで勘弁して欲しかった。 あんな格好で立ち回りすれば季節なんて吹っ飛ぶ。背中の汗で制服のシャツがべったり張り付いて、気持ち悪いったらなかった。 だから叫んだんだ。 まだぷすぷす煙を上げている庭のクレーターで、騒動を他所に呑気に焼き芋始めようとしてたリボーンに。 「本当に、オレ絶対にマフィアの十代目になんかならないからな!」 ぱき、と小枝が爆ぜて音を立てた。うちの庭の枯れ葉程度じゃ焼き芋するには足りない。 しょーがねーな。諦めたように言って、リボーンはまだ生の芋を放り投げた。 ぽい。 それが、あっけない幕切れの音だった。 「そうか。じゃあ仕方ねーな。」 高校二年の秋の日。オレは、ついに念願の普通の高校生になった。 「流れ星が来てるんだって。一人より二人のが見つかるかと思ってさ。流れ星って、遠くからでも見えるよね?」 わざとらしい疑問形に返事はない。 「あ、まさか時差とかあるところにいないよな? 知らないうちに国際電話とかだったらオレ電話代で死んじゃう。」 吐いた息が白い。昨日雪が降って、もう融けちゃったけど、ベランダはちょっと寒い。 ポケットに手袋が入ってる。けど、どうしようかな。 手袋するからちょっと待って、なんて、会話を途切れさせたらそのまま、ふつりと途切れそうな気がしてた。見えなくても、どんなに細くなっても、まだ繋がっているはずの糸。 「ちゃんと国内です。」 右耳に押しあてた携帯がくすっとわらった。 「そうみたいだね。電波状態もいいや。外にいるの? 寒くない?」 「ええ。今オレ、並盛よりずっと南にいるんです。」 「ふーん。忙しそうだね……って、それオレ聞いちゃっていいの?」 「あ、やべ。スミマセン、気付かなかったことに……」 取り繕うのは一段低くなった声。円みの取れた言葉遣い。 オレが普通の高校生になった日、獄寺君は、マフィアになった。 声だけ残して距離が広がって、オレたちの関係はそれまでよりずっと対等になった。見上げる、見下ろす、その関係を失って同じ高さの声だけが残った。 「そうだ。新聞見た? 山本が載ってて……」 「見ましたよ、あんだけ高卒ルーキーだって騒がしといて、スカウトもドラフトもぶった切って大学行くって言ったんでしょう。野球バカのくせに今更勉強って、何考えてんすかね。」 「勉強、してみたくなったんだって。今までずっと野球ばっかで、いろんなことちっともわかんないままだから、大学で4年ぐらい勉強したいんだって。英語が出来る様になれば、大リーグに行くのにも有利だしって言ってたよ。」 「なんだ。」 くくっ、と、馬鹿にしたように顎を引いて、口の端をあげたのが見えた気がした。 「結局野球バカかよ。」 「うん。山本は変わらないよ。テレビとかじゃ、ちょっととんでもないことしたみたいに言われちゃってるけど、山本は変わってない。ほらもともと、山本ちょーっとずれてたし。」 ああ、こんなこと、三人で屋上で昼ご飯食べてたころは、絶対言わなかった。言わなかったのに…… 言えなかったことが、言えるようになったんだ。 オレは無理矢理、声を殺して笑った。 「並中にまで報道来ててさ、コレは雲雀さんが追っ払ちゃった。これで、こっちの騒動は一山越えたかな。山本は、大学進学で結論出そう。ドタバタしてたから、オレも山本と話したの、もう三週間も前なんだけどね。」 声を聞きながら自分の空を見る。 ネオンサインが雲を照らして、星がかすむ。 この街では、星はとっくに地面に落ちている。 願いを叶えに降ってくる星なんて目を凝らしても見つけられないだろう。 「……獄寺君、ちゃんと探してる?」 「探してます。」 「なら、いいや。見つかんないもんだね、流れ星。」 うそだ。 オレは、たちは二人とも。 パソコンを、起動するたびに表示される天気予報を、並盛町にしてある。 今日やっと、冷たいみぞれ混じりの雨が止んだばかり。空は曇りで、あの街でだって星なんか見えないのに。 「見つかったら、どーするんすか?」 「んー? ベタだけど願いごとかなあ。」 「何を?」 「あー。そーいや決めてなかったな。どうしよう、二人分だし。とりあえず世界平和?」 「オレマフィアなんで、それじゃ路頭に迷います。」 「あ、そっか? それじゃ……なんにしよう。」 決めもしないで、流れ星を探そうなんて電話してきたんだろうか。 「志望校合格、とかじゃないんすか? 受験生。」 「えー……。」 二度目の「えー?」は随分長かった。 「なんか……。獄寺君に言われんのは心外だなあ」 そう言われても、まさか、本当の願いを口にするわけにもいかない。 みんなの願いが叶ったら、 もう一つの場所には戻れないだろう。 みんな別の街で、知らない街で、 別々の街に降り出した星はもう、交わることは出来ないのだ。 通話の終わった携帯を、いつまでも手の中で弄んでいる。 もう眠るつもりだったから部屋は暗い。手の中の携帯電話だけが静かに光っている。 この光が消えたら本当におしまいになってしまうような気がして、さっきまで続けていた会話も、聞こえていた息遣いも錯覚の体温も、全部千切れて遠くに行ってしまう気がして、意味もなく二つ折の機体を開いては閉じるを繰り返している。 落ちた星みたいだと思う。 子供の頃、流れ星は地面に落ちてもしばらくは光っているのだと思っていた。 空を見上げたことなんてなかった。流れ星は、どこかに落ちて静かに光りながらオレを待っているはずで、いつか自分はそれを見つけるだろうと思っていた。 学校の帰り道かなにかで、偶然見つけるのだ。自分から探しにいこうなんて考えは浮かばなかった。それはいつか自分のところに降ってきて、自分はそれを労せず手に入れられると信じて疑わなかった。 ……罰が当たったよな。 こつんと携帯の角を額に当てた。 手に入ると思っていたから罰が当たった。 当たり前だと浮かれていた。 追いかけなかったから失くした。 自業自得で愚かで馬鹿だ。 けれど、どうせ馬鹿だよと諦められるほど、馬鹿でも愚かでもなくなってしまった。 今ならまだ間に合う。追いかければ間に合う。なりふり構わなければ取り返しがつく。どうにもならないことなんて本当は存在しない。 そう教育した小さな家庭教師を呪った。 「向いてないって。オレそういうキャラじゃないし、今更遅いし、めんどくさいし無理だって。」 けど、今ならまだ間に合うことに感付いている。 取り返せることを知っている。 降ってこないなら、探しに行けばいいのだ。 「……嘘だろ?」 呟いて、携帯電話をまたぱちりと開いた。 バックライトが辺りを照らして、通話履歴を映し出す。 伊達に長電話していたわけじゃない。許されたチャンスは一回だけ。居場所の見当は、ついた。 「まじで、やるの?」 声だけまだ、半信半疑だ。 降り出した星はもう交わることは出来ない。行き先を決めたら後は、燃え尽きるまで一直線に走るだけ。 この街には降ってこない。学校帰りに見つけたりしない。 ……ここに降ってこないなら、探しに行けばいいんだ。 流れ星が落ちたら、マフィアのボスになりたいって願っただろう。 だってそんなの、本気で願うなんて馬鹿みたいじゃないか。 でも、そんなもの、ここには落ちてこないから、 オレは、自分で取りにいく。 09.11.01. back |
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