「屋上金網。」



生まれ変わったら、
生まれたその日から人生やり直せるなら
どうするってそんな話になった。




そしたらオレ、こんなとこいねーよ。




屋上の金網に指をかけて空を仰いで
山本は言った。




ナミモリはヤキューショーネンダンしかないけど、
隣町行けばけっこー強いリトルがあるんだ。
バスで通うんだけどさ。親父は店あるから送ってもらうわけいかねーもんな。
で、リトル行ってボーイズ行って、名前売ってゆーめーになって
スカウトもらって野球留学して甲子園行ってドラフト一位取って高卒ルーキー、
二年目からは開幕一軍でオールスターもWBCも出てさ。
そんで英語出来てカロリー計算できて料理うまくて美人な女子アナとか、
あ、スチュワーデスでもいいかな、と、結婚して大リーグ行って、そんで……
そのあとどーすっかな。子供は向こうで育てんのかな、
親父来てくれっかな、アメリカ支店とかさ。




あんまりにもあほなので、オレは絶句した。
これはもう馬鹿の定義域を越えている。




生まれ変わったらオレ、こんなとこいねーよ。




山本が繰り返した。がしゃんとフェンスが鳴った。




こんな街、捨ててやる。




今度は、告白だった。
俯いて、コンクリートの屋上の地面(変な日本語だ)に向かって衝撃の大告白をして、それっきり黙ってしまった。
捨ててやるって
うわあ、似合わない。
にあわねーぞそれ、スキャンダルだ、スクープだ、内情暴露だ、
学校一の人気者が、孝行息子が、町内会のみんなの孫が。


あー、そうか、だから、お前も、


「ステテヤル」……?




で?
獄寺はどーすんの?




山本はくるりと空に背を向けた。
背中を預けたフェンスから、またかしゃんと軽い金属音がした。


どーすんのって、


マフィアになりたかったな。
一人でも生きていけるような。
でも
それには
1/4、血が邪魔だったんだ。
その人から生まれなきゃよかったんだ。
それか、せめてその人が正妻なら、それとも死んでなきゃ、
生粋のイタリア人でマフィアのボスの正式な嫡子で。
ああでも、この1/4がなけりゃ城を飛び出す必要もなかったんだっけ?
ほっといても親父の跡継げたんだろうし、
まだピアノも続けてたかもしれない。
少なくとも、オレはこんなところにはいない。
望む通りに生まれ変われたら、オレはこんなところにはいない。


……ぶつり。


オレの頭は時々ショートする。
自覚はある。
回路が灼き切れて目の前が真っ白になる。
気がついたら足が金網を蹴りつけていた。


ぐぁっしゃん!
大きくへこまされた金網は波打って、
ぶわんぶわんと音を立て続ける。


「っざけんなよ、ばっかじゃねーの!?
 生まれ変わったらなんて言ってるヤツは一生そっから出らんねぇんだよ!!」


こんなところ来たくなかった?
冗談じゃねぇよ、
思ってねーよ、そんな事!


否定された気分だった。
誰に?
オレに。
冗談じゃねぇ。


だったらよかったのに、なんて、
指をくわえて突っ立っていた覚えはない。
生まれ変われたらこんなところにいない?
冗談じゃねぇよ、
思ってねーよ!
つかそれじゃ、
10代目に会えねぇし!


「ばっかじゃねーの! テメーは一生こっから出らんねぇよ!
 野球バカのくせに野球も出来ないで終わっちまうんだ、
 生まれ変わったらなんて抜かしてるヤツは!」




ごくでらぁ。




山本は間の抜けた声で、間の抜けた笑顔で、




それ、すっげー正論。
獄寺のくせに面白くない事言うのな。




と、言いやがった。




2秒も溜めるから、なんか面白い事言うのかと思った。
獄寺が言わなくてもなぁ……




ポケットに手を突っ込んで、ぐでんと金網にもたれて、
野球バカは言った。




オレだって知ってるよ、そのぐらい。




オレは聞こえないフリをした。
タバコが吸いたかった。
ポケットを探る。
こんなバカとは口もききたくない。
そして、その馬鹿のポケットには、野球ボールが入っている。






08.07.14
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