シーツ。01



 臍の辺りに飛び散った残滓を指先でぬぐい取る。ツナは指先の白い液体を見つめる。それから、その体液の主、であった、獄寺に目を向ける。
 彼はベッドに身体を横たえて、どうにか荒い息を落ち着けていた。二回目の直後では、さすがに起き上がれないらしい。
 頬に手を当てて顔を覗き込むと、熱に浮かされたようにぼんやりとした瞳で見つめ返された。ゆっくりと、幾度か瞬きして、獄寺の目はツナを認識する。
「へーき? まだできる?」
「へーき、っス。まだできます。ちょっと、待ってください、すぐ……」
「いいよ、獄寺君は寝てて。」
 起き上がろうとする上半身をツナは押しとどめた。
「さっきいっぱいしてもらったから、今度はオレの番。ね?」
 だめ押しして、反論を封じる。
 そう、獄寺は、最初のうちは手を使い舌を使い懸命にツナを喜ばせようとする。けれどやがて、体中の骨が溶けてしまったように、後孔から垂れる白い液体のように、くったりと崩れ落ちて動けなくなる。そうなってしまったときの獄寺を、ツナはとてもかわいいと思う。
 いつもの獄寺に、かわいいなんて言ったら真っ赤になって反論するだろう。10代目の右腕を目指すものとして、次の日から無茶な筋トレとかもやり始めかねない。
 ツナ自身、自分より頭一つ分も大きくて、喧嘩だって強い彼をかわいいと思うなんてどうかしてると思う。どうかしてるから、誰にも、獄寺にも内緒だ。
 そっと頬を撫でると、彼は心地良さそうに目を細めた。
 やっぱり、かわいいと思う。ツナはもうこの感情を疑わない。誰にも内緒だ、オレだけの秘密だ。獄寺君は、本当はかわいい。
 それに、ツナの今日の本当の目的は、ここからだった。
 白い体液をまとわりつかせた指を、獄寺の下腹部に置く。ちょうど、臍と薄い茂みの中間地点。
 粘度を持った精液と、うっすらと肌を覆う汗のせいで、滑りはいい。ほんのかすかな、そこにある指先の存在を主張するだけの刺激を与える。張りつめた筋肉の上のうすい皮膚にてらてらと光るラインを描いていく。
「は……っ、ふ…ぅ…」
 獄寺が切なげな息を漏らす。長い指で、クゥとシーツを握りしめる。さっき絶頂に達するときも、やっぱり、彼は何かに耐えるようにシーツを握りしめていた。さっきだけじゃない。いつだってそうだ。
 獄寺を、かわいいと思う。愛しいと思う。けれどツナはまだ、そのときにそんな風に頼られたことがない。求められたことがない。
 そう。今日のツナの目標は、なんとしても獄寺の手をシーツから引き剥がして自分に向かわせることだった。



 柔らかな刺激に腰の奥が重く疼く。
 いや、刺激ですらないな、とぼんやりと獄寺は訂正する。
 そこにあるだけだ。そこに、10代目の指先があるだけ。
 そう思うだけで、きゅうと身体の奥が収縮する。収縮して、息苦しくなって、さっきまでその中心にあったものが抜け落ちていることに泣きたくなる。あまりにも不確かだ。自分の身体の中心がどこにあるのかもわからない。
(外に、)
 ゆっくりと息を吐き出すと、ますます自分の内部が空になっていく。
(外に、出てっちまったんだから、オレの中にあるわけねーか。)
 でも身体はまださっきまで必死に追い縋っていたことを覚えている。それを求めて内側へ内側へ潜り込もうとする。対流するマグマのようだ。
(頭、融けそ、)
 熱に浮かされた頭で、その中身が融けていく様を思う。灰白色の脳が融けて、それはまるで精液みたいだ。
(……お似合いなんじゃねーの?)
 まだほんの子供の頃から、顔立ちのせいか、女のようだと言われた。出自が知れてからは、それに更に蔑みの色が加わった。記憶の中の遠い嘲笑に、獄寺の身体は強張る。
「……ん、……あ!」
 けれど、今、張りつめた下腹部の肌が捕らえるのは柔らかな刺激だ。
 甘いしびれが背筋を走り抜ける。視界が白く爆ぜて、失墜するような目眩に酔う。無意識に両手はシーツを掴んでいた。それを手がかりに、墜ちていく身体を食い止める。
「……は、ぅ……」
 シーツの海に溺れながら、一つ息を吐く。
(……ちから、抜いてないと、保たねぇ)
 まなじりを涙が伝って落ちた。ぼやけた視界の中で、ツナの顔だけが像を結んでいる。手を止めて自分を見ている。
 片腕をベッドに突いて、たったそれだけの距離しか離れていないはずなのに、ひどく遠くに感じる。幾度か瞬きをして、それからやっと獄寺は自分がツナを待たせているのだと気が付いた。
「すみません。10代目。…………つづき、を、」
 『してください』なのか、『してくださっても構いません』なのか、自分の心を探しあぐねているうちに、答えは与えられる。うん、とツナが頷いて、指先の運びを再開した。不意の衝撃に身がよじれる。
 ちゃぷん、と頭蓋骨の中で液体が揺れた気がした。これが、背筋を伝い落ちてそこから溢れ出すのだ。
 自分の身体は血と肉でなく、血とその他のあらゆる体液になってしまったのかもしれない。乾いているはずの皮膚は汗にまみれているし、腔内や角膜やすべての粘膜はとっくにとろとろと崩れ落ちている。
(…………だっせー)
 自嘲すら、次の瞬間には掻き消される。
「……あ、っ…く、ぅ……」
 そっと肌を撫でていたツナの指先が下肢に移った。重要な部分は外して、ひどく遠回りに与えられる温もり。粘液による滑りの良さはついに尽きたようだ。微かな手のひらの摩擦にさえ、普段誰にも触れられることのない膝の内側の肌は灼けるような熱を覚えた。
「、あ……ふ」
「ん?」
 片腕をついて上空からツナが獄寺の顔を覗き込む。
「くすぐったい?」
 獄寺は首を横に振る。
 もうちょっと下の方を見れば、なにを感じているかぐらい丸分かりのはずなのに。
 くすぐったいんじゃない、じれったい。もどかしさに気が変になりそうだ。けれど、いたずらそうに笑うツナの目を見ると、獄寺はそんなことはどうでも良くなってしまう。
(今、10代目を微笑わせているのはオレだ。)
 密やかな優越感が心を満たす。架空の敵に勝利宣言をする。
(今、選ばれているのはオレだ。)
 なら、構うものか。どんな嘲笑も、もう聞こえない。この身体一つぐらい、いくらでも差し出してやる。




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