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「ランボ、ちょっと待って。」
 ドアに手をかけたところで、ランボはボンゴレに肩を叩かれた。
「今日はご苦労様。ここからは込み入った話になるから、下がっていいよ。」
「……え?」
 聞いていない。
 そんな、オレも……、と言うより早く、ボンゴレの脇から獄寺が話に割り込む。
「つーか、お前明日からしばらく自宅待機な。」
「ええ?」
 やっぱりちっとも聞いていない。初耳だ。まさか!?
「これからしばらくフゥ太に任せたい仕事があんだよ。
 だから保護者がいない間、てめーはボヴィーノに帰ってろ。」
 獄寺が懐を探る。片手で渡されたのは航空チケットだった。
 片道一人分。搭乗時刻は……え?今日?あと3時間!?
「え、だ、だけど、オレ、ちゃんとここでも……」
「ああ?」
 ポケットに手を突っ込んで、獄寺はランボを見下ろす。
 怖い。
 ほんの一昨日、10年前であったときはランボの方が背が高くて、ランボにも彼のつむじが見えていたのに。あっという間にひっくり返って、やっぱりいつでもこの力関係だ。
「ここでも、なんだよ? ランボ。
 てめーはなんにも出来ねーし、すぐ泣くし、おまけに突然5歳児に縮むし。そんなガキを一人で本部に置いとけるわけねーだろが。」
「そ、そーだけど……じゃなくて、そうですけど、でも、」
 でも、オレもう今月末には……。ていうかオレだって……。
 ぱーっと言いたいことが頭を埋め尽くした。その量は、一度に口から吐き出せる言葉の量よりもずっと多かった。おかげで言いたいことは何一つ言葉にならなくて、ランボはぱくぱくと喘ぐ。
「あのでも、オレ、」
「……ねえ、ランボ。」
 しどろもどろのランボに、ボンゴレが優しく声をかける。
「任せたいことができたらきっと呼ぶよ。絶対だ。だから、それまでボヴィーノに帰ってのんびりしておいで。」
 ボンゴレは、ツナは、優しい。それに、名前を出されて、ランボはついボヴィーノの優しいボスのことも思い出してしまった。
 どうしよう、ボス、もう随分会ってないや。
 頭の中で天秤が傾く。
 でもオレはボンゴレの守護者で、それにオレだってあと三週間で、なのに二人はちっともオレのことなんて聞いてくれなくて。うう、こんなのあんまりだ。
 目の端がじわーっとして来た。
 まずい、泣く、がまん……。
 緊急処置は間に合わなくて、あっさり獄寺に見破られた。
「いっちょまえに強がってんじゃねーよ、アホ牛。泣くほどホームシックならなおさら帰っててめーんとこのボスと遊んでこい。」
 なんだったら帰ってこなくてもいーんだぜ。
 最後の一言はボンゴレにたしなめられた。
 そして、振り返って、ボンゴレはランボの額に手を伸ばす。
 もう、ランボは簡単に髪を撫でてもらえるほどチビじゃない。それでも何か言い聞かせるときには髪に触れるのが幼い頃からの二人の決まりになっていた。
 ひらひらと癖っ毛の前髪が揺れる。
 やだな、目尻赤いのがバレる。
「のんびりしておいで、ランボ。大事なときは、絶対呼ぶよ。約束だ。な?」
 お前はまだ、こんな話をするには、子供なんだから。
 そういって笑うツナの顔を残して、ドアは閉ざされてしまった。
 ランボは、独り取り残された。
 それっきり、ボンゴレからは便りの一つもない。





(ほらやっぱり、あの人たちはみんな我侭で自分勝手でヒドイ人たちだ。)
 ランボは枕に顔をうずめた。目の奥がじりじりする。これは、涙が出る合図だ。
 駄目だ。また泣き虫だって言われる。何か別のことを考えなきゃ。
(大体さ……、)
 大体、雲雀恭弥と本気で戦ったらふっ飛ばされるのは獄寺さんの方じゃないか。自分の実力も考えずに顔会わせるたびに喧嘩売るなんて、どっちが子供だよ。
 ボンゴレもボンゴレだ。困った顔で見てないで、最初から自分で交渉すればいいのに。それになにより、あの雲雀恭弥に渡したあのデータベース、作るの、オレだって手伝ったのに。
(手伝ったんだよ。フゥ太に頼まれた通りに図書館行って資料コピーして来たり、委任状もって公文書館に書類受け取りにいったり、あとは……。疲れてたらお茶入れてあげたり、とか……)
 それって、もしかしてただの使いっ走りじゃないか?
 そう思ったらまた目の奥が熱くなってきたので、ランボは再びごろんと寝返りをうつ。仰向けになったら呼吸が楽になって、一緒に涙の気配も退いていった。
(そうだよ。確かに手伝ったんだ。オレは役立たずじゃないし、それになにより、もう子供じゃない。)
 子供じゃない。
 やっぱり、あの人たちはオレのことなんかちっとも見てなくて考えてなくて自分勝手なひどい人たちなんだ。
 結論づけて、ランボはフンと怒ったように鼻を鳴らした。
 なんだか泣き虫が鼻水すすったような音がしたけど、ちがうからね、オレは鼻を鳴らしたんだ。フン。
 もぞ、と、ランボは今度は目を覚ますために寝返りを打った。
 俯せて、シーツから顔を上げて、ベッドサイドの機巧時計を見る。
 5月28日、朝。鳥が鳴いてるからきっと空は晴れてる。
 おはよう。それから、お誕生日おめでとう。ひとりぼっちのランボさん。
 今日から、オレは15歳だ。




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.08.08.11